第66話 ◇ギャンブラー
「せんぱーい! 実は……ちょっと困ったことがありまして……」
偽占い師を片付けた後、ミリアがフィオナの腕にしがみつきながら、上目遣いで深刻な相談を持ちかけてきた。
「なによ、改まって。男の紹介なら今は無理よ?」
「違いますってば! ……実は、この街の最高級カジノの裏で、人身売買——奴隷の闇取引が行われている疑いがあるんです。
でも、カジノ自体は合法ですし、何よりあのカジノは魔導省『監視局』の管轄なんです。私たちが所属する『捜査局』とは折り合いが悪くて、迂闊に手が出せないんですよ」
ミリアは悔しそうに唇を噛む。
「監視局のトップ、特別執行官のレーヴェンという男には、裏で教団や密売組織と繋がっている黒い噂が絶えなくて……。私の立場ではこれ以上の捜査は不可能なんです。だから、先輩……!」
そこまで聞いて、フィオナはふっと妖艶な笑みを浮かべた。
「人身売買のカジノ、ねぇ。……さっき、ブランド物の買いすぎでお財布が軽くなっちゃったところだし、ちょうどいいわ。その捜査、快く引き受けてあげる」
フィオナは根っからのギャンブラーだった。
カジノなんて聞いたら、うずうずしてしまう性。
「本当ですか!? さすがフィオナ先輩!」
「でも、タダとは言わないわよ。交換条件として、私たちがこれから旅を続けるための、とびきり頑丈で最高級の魔導馬車を一台、魔導省の経費で用意しなさい」
「う……うぐっ、分かりました! 経費の書類、なんとか通しておきます!」
◇
——数時間後。
フィオナは先ほど買い込んだばかりの、流行の最先端を行く最高級のドレスに着替え、水都一の華やかさを誇るカジノへと繰り出していた。
その圧倒的なプロポーションと銀髪の美貌に、すれ違うセレブたちが一斉に息を呑む。
フィオナがカジノの奥、一回のエントリーに大金が動くカードゲームのテーブルで足を止めた時のことだった。
そこでは、いかにも成金といった身なりのいい大男と、怯えた若い女性が勝負をしていた。
ちょうど勝負が決した瞬間だったらしく、ディーラーが非情な声を響かせる。
「勝負あり。勝者、バロン様」
「いやぁ……っ! お願い、許して……!」
泣き崩れる若い女性の首に、冷たい鉄の首輪が嵌められる。借金のカタに、その場で奴隷として売買が成立したのだ。
周囲の客たちは関わらぬよう、一斉に目を逸らした。
「——まったく、悪趣味ね」
静かな、しかし凛とした声と共に、フィオナがテーブルの間へと割り込んだ。
「あら、その綺麗な女の子。うちのメイドとして雇いたいんだけど、解放してくれないかしら?」
大男——バロンは、突然現れた銀髪の絶世の美女に目を剥き、それから卑俗な笑みを浮かべた。
「ほほう、美しいお嬢さんだ。いいだろう、私とカードで勝負して、あんたが勝ったらこの女はくれてやる。
……だが、もしあんたが負けたら、あんた自身が私の物になるという条件だが、どうだね?」
「いいわよ、その条件で」
「ハハハ、今日は最高についてるな! こんな極上の美女まで私の物になるとは!」
バロンは高級な葉巻を咥え、ニィと下品に笑った。
ゲームは『ドローカード』。
ディーラーから配られた5枚のカードで手役を作り、ドローフェーズ(カード交換)を経て、最終的により強い役を作った方が、テーブルに賭けられた掛け金を総取りするルールだ。
カード運だけでなく、ブラフを交えた高度な心理戦が勝敗の行方を左右する、カジノの定番ゲームだった。
「私が先手番をもらうぞ。その代わり、どんなに私の手役が貧しくても、私は決して途中で降りない(フォールドしない)と誓おう。どうだ、公平だろう?」
バロンは自信に満ち溢れた態度で要求する。
フィオナは「ええ、いいわよ」と気のない返事をした。
(……ウンディーネ、ちょっとあの男の様子を探ってきて)
フィオナは脳内で、自分にしか見えない精霊に指示を出した。
(——御意に、フィオナ様)
青い光の粒子となったウンディーネは、音もなくバロンの真後ろへと移動し、彼の動向を観察する。
「ゲーム、スタートです」
ディーラーの合図でカードが配られた。
序盤の第1回戦。バロンは不敵に笑いながら「チェック(様子見)」を宣言。フィオナも手元のカードを確認し、役がないのを見て「チェック」を返す。
バロンは3枚、フィオナも3枚のカードを交換。
しかし、フィオナの手役は完成しない。
「降りるわ(フォールド)」
まずはフィオナの負け。小手調べだ。
続く第2回戦。やはりフィオナの手元にはまったく手役に結びつかないカードしか入らない。
バロンは勝ち誇ったように「ベット」し、賭け金を積み上げていく。フィオナは冷静に男の顔を観察しながら「コール(同額を賭ける)」を選択。
カード交換のタイミング。バロンのカード交換を真後ろから見ていたウンディーネの目が、眼鏡の奥でピクリと見開かれた。
(……これは……)
フィオナもカードを交換するが、やはり役には絡まない。
「降りるわ」
再びフィオナの負け。
その後、続く第3回戦、第4回戦、第5回戦も、すべてフィオナの負けとなった。フィオナの手元には、驚くほど一切の役が入らない。
確率論でいうならば、この『ドローカード』、最初の5枚で何らかの手役が完成する確率は、およそ50パーセント。
最初の5枚に役がなくても、そこから3枚のカード交換で何らかの役が入る確率は、5回に1回程度。
つまり、交換を前提とするならば、60パーセントほどの確率で何らかの役が入る計算になる。
——それが5回連続で役なし。
タネも仕掛けもないとするならば、これは100回に1回程度の低確率である。
明らかにゲームの神様がヘマをしているとしか思えない不自然さだった。
スッと、ウンディーネがフィオナの傍らへと戻ってくる。
そして、フィオナに静かに耳打ちする。
「フィオナ様。あの男の最初のカードには、確かに役がないか、あるいは非常に安い手しか入っていません。
ですが……カードを『交換』する際、必ず手元に恐ろしい精度で良いカードを引き入れています」
ウンディーネの報告を聞き、フィオナはフッと妖艶に唇を釣り上げた。
「ふぅん。……やっぱりね」
大男バロンと、カードを配るディーラーは完全にグル。
おそらく特殊な魔導具か魔法を使い、交換の際に見破れない速度でカードをすり替えるイカサマを行っている。
(星の賢者たる私を相手に、イカサマで挑んでくるなんて……。いい度胸じゃない。となれば、こちらも遠慮はいらないわね)
フィオナの瞳の奥に、獲物を狩る冷徹なハンターの光が灯る。




