第65話 ☆炎のアミュレット
「お姉ちゃん……っ!」
大爆発の余韻が残る祭壇の地で、ターニャがリゼの元へと駆け寄った。
「《炎の巫女》の癒やしよ……お姉ちゃんを治して!」
ターニャが小さな手をかざすと、清らかな温かい光がリゼの全身を包み込んでいく。
精霊の力を宿す巫女としての純粋な祈りが、すべての魔力を使い果たしてボロボロだったリゼの肉体を、急速に回復させていった。
「ありがとう、ターニャさん」
リゼはゆっくりと立ち上がり、自身の右手の甲を見つめた。そこには、赤く神聖な光を放つ『火の精霊の契約印』が、確かに刻まれている。
(本当に……私が、最高位精霊の契約者に……。夢みたいだ……)
世界で唯一、先生だけが成し遂げた至高の領域。その一端に、自分が今、確かに足を踏み入れたのだ。
「おい、リゼ」
イグニスがフイと顎をしゃくり、炎の祭壇の中心を指差した。そこには、赤く燃え盛る宝石が嵌め込まれた、古めかしい首飾りが鎮座していた。
「あれは『炎のアミュレット』だ。あんたのもんだよ、好きにしな」
リゼの目が驚きに丸くなる。
炎のアミュレット——あらゆる炎魔法の超高速発動と完全制御を可能とし、伝承によれば幻の聖獣サラマンダーをも従えることができるとされる神具。
魔法使いであれば、一生に一度はお目にかかりたいと願う、大陸屈指の超レアアイテムだった。
リゼはそっとアミュレットを手に取ると、その美しい輝きを見つめ——そして、躊躇なく振り返り、ターニャの前に跪いた。
「お姉ちゃん……?」
不思議そうに小首を傾げるターニャの首に、リゼは優しくそのアミュレットを掛けてあげた。
「お、お姉ちゃん!? これって、火の精霊様のすごい宝物じゃ……!」
「ターニャさんは、私の命の恩人です。それに、これがあれば……あなたの火の魔力を、完璧にコントロールして抑え込むことができるはず。
だから、これはあなたに持っていてほしいのです」
リゼはターニャの肩に手を置き、真っ直ぐな瞳で微笑みかけた。
「う……うん! ありがと、お姉ちゃん! アタシ、これ一生大事にするね!」
少し困ったようにイグニスの顔色を伺っていたターニャだったが、リゼの真心を受け取り、とびきりの太陽のような笑顔を咲かせた。
それを見ていたイグニスは、はぁ、と呆れたように肩をすくめる。
「おいおい、あれは正統契約者のものなんだけどな……。まぁ、リゼのそういうところ、あたしは嫌いじゃないけどさ」
(そういやユノのやつもこのお宝「いらない」って即答してたっけな。ったく、この師弟は……)
イグニスは不敵にニィと笑った。
「——さあ、もう行かないと」
リゼは気持ちを切り替えるように立ち上がり、ターニャに別れを告げた。
すると、さっきまで笑顔だったターニャの顔が寂しげに曇り、リゼの服の裾をぎゅっと掴んで引き止めた。
「もう行っちゃうの……?」
「ごめんなさい、ターニャさん。私には、どうしても追いつかなければならない人がいるのです。世界で一番偉大で、大切な……私の先生に」
ユノの背中を思い浮かべながら、リゼは優しくターニャの手を包み込む。
「あなたがそんな悲しい顔をすると、私も悲しくなってしまいます。どうか最後は、笑顔で送り出してください」
ターニャは大きな瞳に涙をいっぱいに溜め、半べそをかきながらも、ぐっと唇を噛みしめて頑張って満面の笑みを作った。
「うん……っ! ありがとう、お姉ちゃん!」
その健気な姿に、リゼの胸が熱くなる。
「お姉ちゃん! アタシ、毎日ここでお祈りするから! お姉ちゃんが無事でいられるように、絶対毎日祈るから!
だから……全部終わったら、絶対にまたここに戻ってきてね!」
「はい! 約束します!」
目頭が熱くなるのを感じたリゼは、自分の泣き顔を見せるのが恥ずかしくなり、そそくさと背を向けて歩き出した。
祭壇の山道を下る道中、イグニスが、クスクスと笑いながらリゼの顔を覗き込んできた。
「おい主サマ、あの子、まだ見えなくなるまで大きく手を振ってるぞ?」
「……っ」
我慢できなくなったリゼの目から、ポロっと涙が溢れ出した。恥ずかしそうに袖で涙を拭うリゼを見て、イグニスは優しい眼差しを向ける。
「んで、泣き虫の主サマ。これからどこを目指すんだ?」
リゼは涙をきゅっと拭うと、前方をしっかりと見据えて答えた。
「——『王立天文台』を目指します」
王立天文台——大陸のほぼ中央、険しく聳え立つ霊峰の頂に建設された、世界のあらゆる魔力を観測する最高国家機関。
そしてそこは、大賢者ユノ・クロウがかつて所属し、今なお籍を置いている彼の「本拠地」でもあった。
「あそこなら、先生が残した研究資料や手掛かりが必ずあるはずです。それに、天文台の魔力観測器を使えば、先生の魔力をキャッチできるかもしれません」
「へぇ、なるほどね! ユノの居場所を突き止めるにはうってつけの場所ってわけか!」
イグニスがパシンと自身の両拳を合わせ、激しい火花を散らせた。
「決まりだな! 出発だ!」
(待っていてください、先生。私はイグニスさんと契約し、少しだけ強くなれました。必ず、あなたの元へ追いついてみせます……!)
火の精霊という心強い相棒を得て、弟子のリゼの、師を追うための次なる旅路が力強く動き出そうとしていた。




