第64話 ★違法採掘場
ゴツゴツとした赤茶けた岩場。ユノは石の民の村で譲り受けた大型の乗用トカゲの背に揺られながら、南西へと向かって単調な移動を続けていた。
「……やれやれ」
乗り心地は極めて悪い。
眉をひそめるユノに、脳内のテラリアがぽつりと言葉を返す。
「ユノ、がんばって。……でも、トカゲさん、ちょっと怯えてる」
「怯えてる?」
ユノが手綱を引いてトカゲを止めると、テラリアの声がいつになく深刻なものになった。
「……地脈が……凄く乱れてる。さっきの『アースイーター』の凶暴化もそう。ここら一体の魔物がみんな、狂暴になってる。土地が痩せて……瘴気が蔓延してる」
テラリアの言葉を聞き、ユノは周囲の空気を五感と魔力で探った。
確かに、大地の底を流れるはずの清らかな魔力の循環がせき止められ、澱み、腐敗し始めている。
大地を司るテラリアにとっては、自身の身体を痛めつけられているも同然の異常事態だった。
「これほど広範囲の地脈が狂う原因……考えられる要因は——」
ユノの端麗な顔が、冷徹な大賢者のものへと変わる。
「——魔導石の過剰採掘か」
この一帯の岩場には、魔力を帯びた鉱石である『魔導石』の採掘場がいくつも点在している。
だが、国が定めた規定量を遥かに超える、環境を破壊するほどの大規模な違法採掘が行われているのは間違いなかった。
そして、これほど大掛かりに大量の魔導石を裏で集め、資金源にしている組織など、この世界に一つしか存在しない。
「黒の教団……」
このまま地脈の乱れを放置すれば、テラリアの衰弱にも繋がる。
何より、教団にこれ以上の資金と資源を渡すわけにはいかなかった。
「テラリア。アジトの位置はわかる?」
「……ん。西へ三キロ進んだ先の、深い谷の底。はっきりと、大地の悲鳴が聞こえる」
「わかった。少し進路を変えよう」
◇
案内された谷の底へと向かうと、案の定、そこには強固な結界で隠された黒の教団の違法採掘場が存在していた。
拡声魔導器で奴隷のように人々を酷使し、大量の魔導石を運び出している教団の魔術師たち。
「……やれやれ」
ユノはトカゲから飛び降りると、大杖を軽く振るった。
相手は数十人の魔術師たちだったが、ユノにとっては、ただの「作業」に過ぎなかった。
流れるように魔法を発動させ、敵に反撃の隙すら与えず、またたく間にアジトを制圧して一網打尽にしてしまった。
「これでひとまず過剰採掘は止まったか……」
ユノが倒れた教団の男たちを見下ろしていた、その時だった。
「——そこまでだ! 両手を上げろ!」
岩陰から突如として現れたのは、仕立ての良い漆黒の制服を纏った一団だった。その先頭に立つのは、傲慢そうな笑みを浮かべた若い男。
胸元には、魔導省の最高エリート組織である『監視局・特別執行官』のバッジが光っていた。
「私は魔導省監視局、特別執行官のレーヴェンだ。貴様を魔導石の不法採掘、および国家資源の横領容疑で逮捕・連行する!」
周囲を完全に取り囲む執行官たち。
彼らには強力な法執行権と、その場で容疑者を拘束する逮捕権がある。
ユノは思わず前髪をかき上げた。
(タイミングが最悪だな。僕がアジトを壊滅させた直後に現れるとは……さては教団と癒着しているか、手柄だけを横取りしに来た無能のどちらかか)
「ユノ、どうする? ……あいつら、弱い。私が一瞬で、大地の底に沈められる」
脳内でテラリアが静かに戦闘態勢に入る。
当然だ。戦闘力だけでいえば、執行官が何百人束になってかかってこようが、ユノの足元にも及ばない。
だが、ユノはスッと大杖の魔力を消し、両手を軽く上げた。
(ここで抵抗すれば公務執行妨害、最悪の場合は国家反逆罪に問われる。
今の僕の姿は18歳の無名の魔法使いだ。魔導省全体を敵に回して追われる身になるのは、この大陸を渡る旅において悪手以外の何物でもない)
旅の目的は『時の塔』へ行き、元の姿に戻ることだ。
ここで不必要な国家権力との全面戦争に時間を費やすのは、あまりにも面倒だった。
「僕は旅の者なんだけど——」
「黙れ! 言い訳は監獄の地下で聞く! 抵抗するなよ!」
執行官たちは勝ち誇ったように、ユノの魔力回路を一時的に妨害する特殊な魔導手錠を両手にはめた。
もちろん、大賢者たるユノの本気の魔力なら一瞬で破れる玩具が、ユノは大人しくそれに従った。
「やれやれ。面倒だ……」
こうしてユノは、違法採掘の主犯という濡れ衣を着せられたまま、執行官たちの手によって連行されることとなった。
彼が連れて行かれた先は、大陸の不毛の地に聳え立つ、一度入れば二度と出られないと恐れられる『砂漠の牢獄』。
仲間たちがそれぞれ成長し、豪遊し、変態に困惑している中、物語の主人公である大賢者ユノは『収監』という、前代未聞の窮地に立たされるのだった。




