第63話 ◇水都の占い師(後編)
薄暗く、怪しい香炉の煙が立ち込める部屋の奥。水晶玉を前にした、いかにも胡散臭い髭の占い師がニタァと薄気味悪い笑みを浮かべて座っていた。
「いらっしゃい、可憐なお嬢さん。我が館へようこそ」
「どうも」
フィオナは適当に返事をして、正面の椅子にドカリと腰掛けた。
占い師はフィオナの顔をじろじろと見つめると、大袈裟に驚いたような身振りをしてみせる。
「おお……おお、お嬢さん! あなたの背後からは、何とも禍々しい邪気を感じる! 最近、身の回りで酷く良くないことが連続して起こっているのではないかね!?」
フィオナは綺麗な指先で髪を弄びながら、じっと目を細めた。
「そうね。当たってるわ。最近本当にツイてないのよ。……昔はね、『お姉ちゃんと結婚するー!』なんて可愛いことを言ってた男の子がいたんだけどね。
それが今じゃ、ぽっと出の弟子の女の子にばっかり肩入れしちゃって、全然私の相手してくれないのよ」
脳裏に浮かぶのは、18歳の姿になった、気だるげな大賢者ユノの顔。
「その上、黒の教団の襲撃に遭うわ、おぞましい黒水の魔物と戦わされるわ……本当に散々な目の連続だわ」
背後で、ウンディーネが思わず「クスクス……」と上品に手帳で口元を隠して笑う。
「な……何をふざけたことを……」
占い師の顔から薄ら笑いが消え、額に冷たい汗が伝わった。目の前の美女が放つ、ただ者ではない空気に気圧されていた。
「あ、そうそう」
フィオナはクスッと笑い、占い師を真っ直ぐに見据えた。
「一番最悪だったのはね。私、ついさっきまで直接戦ってたのよね。あの、史上最悪の、黒水の魔女とね。さすがに死ぬかと思ったわ」
「なっ……ななな、何者だ貴様ァーーッ!?」
正体が割れていることを察した占い師は、椅子をひっくり返して悲鳴を上げ、奥の隠し通路へと全力で逃げ出そうとした。
フィオナは立ち上がることもせず、ただ、パチンと優雅に指を一つ鳴らした。
——ゴォンッ!!
重力魔法が発動し、占い師の周囲の空間そのものが凝固する。
男はまるで空間に縫い付けられたかのように、完全にその場に固定され、指一本動かせなくなった。
「……見えたわ」
フィオナはゆっくりと歩み寄り、恐怖に顔を歪ませる占い師の耳元で、冷酷に囁いた。
「あなたが時空の歪みに消え去る運命がね」
「ひっ……あ、悪魔め……許して——」
「いいこと? 占いはね……」
フィオナの瞳が、『星の賢者』としての神聖な輝きを放つ。
「その占いによって、残酷な未来を回避できなきゃ、意味がないのよ。——《 ディストーション 》」
刹那。占い師の身体を中心に、空間がグニャリと万華鏡のように歪んだ。
次の瞬間には、激しい衝撃音も、光もなく——占い師の男は、その場から完全に消え去っていた。
初めからその世界に、存在すらしていなかったかのように。跡形もない完全なる消滅。
「ふぅ。これでおしまい」
フィオナが何事もなかったかのように紫のカーテンを開けて外に出ると、待ち構えていたミリアが目を丸くして突っ込んできた。
「せ、せんぱーい!! ちょっと待ってください、今中で凄い魔力反応があったんですけど、もう解決しちゃったんですか!?」
「ええ、もうあの部屋には誰もいないわよ。そこらへんにある物証は、後で魔導省で引き取ってちょうだい」
「う、嘘でしょ……相変わらず凄すぎる……」
改めてフィオナの規格外さに驚愕するミリアだったが、すぐに顔を上げてフィオナの腕にすがりついた。
「あ、そうだ先輩! 今度、合コンやるんですけど、先輩も来ませんか?! というか、ぜひ超絶イケメン執事のラインハルトさん連れてきてくださいよぉ! 魔導省、全然出会いがないんですよぉ!」
「遠慮しとくわ。それにねミリア。うちのラインハルトは年上に興味ないのよ」
「ええー!? そんなぁ!!」
ミリアがガックリと肩を落とす。
「……さあウンディーネ、次はあそこの高級スイーツ店の限定タルトを食べにいくわよ!」
「御意に、フィオナ様。ですがその前に、軍資金の確認を……」
水都の危機を秒で解決した最強の二人。
その豪遊はまだまだ続くのであった。




