第62話 ◇水都の占い師(前編)
眩しい太陽の光が、美しく張り巡らされた水路に反射してキラキラと輝く。
ここは水の都『アクアリア』。水の最高位精霊ウンディーネを守護精霊として祀る、大陸でも有数の華やかな都だ。
流行の最先端が集まり、セレブたちがこぞって訪れるこの街で、フィオナは宣言通り——豪遊していた。
高級ブランドのブティックで大量の服を買い込み、テラス席でとびきり高価な極上スイーツを堪能する。
「ふぅ……生き返るわね。やっぱり修羅場の後はこれに限るわ」
「フィオナ様、少々買い込みすぎでは? 私の記録手帳の『出費』の項目が、先ほどから恐ろしい勢いで更新されているのですが」
眼鏡の位置を直しながら、呆れたように告げるウンディーネ。
「いいのよ、必要経費よ。……あら?」
その時、フィオナの視線がある女性の姿を捉えた。
セレブ感が漂う仕立ての良い服を纏った、気品のあるお姉さん。しかし、その鋭い眼光は周囲を油断なく警戒している。
「……ミリア? あなたミリアじゃない!」
「えっ? ……って、フィオナ先輩!?」
ミリア(35歳・独身)。魔導省に所属する上級魔法捜査官、エリート公務員だ。彼女はフィオナの後輩魔法使いであった。
フィオナがかつて魔導省で顧問魔術師を引き受けていた際、何かと面倒を見てあげていたのがミリアだった。
実際、フィオナは星詠みにより、かなりの数の事件を解決へと導いた実績があり、ミリアも相当助けてもらっていた。
そして、ミリアはその恩に報いるため、フィオナからの様々な無茶振りを頑張ってこなしたり、便利に使われたりしていた。
薄幸といえるかもしれない健気な女子である。
今日も本当は靴のバーゲンに行きたかったのだが、たまたま水都の近くにいるという理由で上司から出動要請がかかり、仕方なく仕事をしている。
ちなみにフィオナは自身に施した魔力循環のため、30年以上その見た目がまったく変わっていないため、実年齢はフィオナの方がずっと上なのだが、客観的な見た目ではミリアの方が「お姉さん」に見えるという、奇妙な逆転現象が起きていた。
「こんなお洒落な街で何してるの? もしかして、いい男でも探してるのかしら?」
「ち、違いますっ! 仕事です、仕事! 先輩は相変わらずお綺麗ですけど、口が悪いですね!」
ミリアは頬を赤くして怒ると、スッと声を潜めてフィオナに顔を近づけた。
「実は、ある潜入捜査でここに来ているんです。捜査局が長年追い続けている、非常に危険な『占い師』がこの街に潜伏しているという情報がありまして……」
ミリアの話によれば、その占い師は都合のいい占いで客の心の隙間に入り込み、善良な市民をマインドコントロールして懐柔しているのだという。
そして裏では『黒の教団』と深く繋がり、人身売買を行っているというのだ。
その言葉を聞いた瞬間、フィオナの美しい瞳からスッと温度が消えた。
「……占い、ねぇ。さすがにそれは看過できないわね」
フィオナは大陸最強の星詠みの使い手だ。未来を見通す神聖な術を、犯罪の道具に使う輩など絶対に許すわけにはいかない。
また、傍らのウンディーネも静かに手帳を閉じ、冷徹な光を眼鏡の奥に宿した。
「私を祀るこのアクアリアにおいて、そのような不法行為と黒の教団の暗躍……断じて見過ごせません。フィオナ様、ミリア殿に協力しましょう」
「ミリア。案内しなさい——」
水都の入り口から、さらに細い路地へと入っていく三人。
すると、ウンディーネがピタリと足を止め、街の地下へと続く水路の奥を指差した。
「……フィオナ様。この水路の奥から、微かにですがあの『黒水』のおぞましい魔力の気配を感じ取れます」
「なるほどね。……で、その真上にあるのが、あの建物ってわけね」
フィオナが見上げた先には、妖しげな紫のカーテンで覆われた、とある占いの館があった。
「ミリア、あんたはここで待っていなさい。ウンディーネ、行きましょう」
「はい」
「……え? 先輩! 最高位精霊のウンディーネ様を従えてるんですか?!」
ミリアにはウンディーネの姿が見えていない。
「従えてるというか、友達よ」
フィオナはそう言うと、潜入捜査のルールなど完全に無視して、堂々と館の扉を開けて中へと入っていった。




