第61話 ▲なかなか始まらない旅
「ねぇ、これからどうするの?」
風の最高位精霊シルフィは、頭を抱えながら目の前の男に問いかけた。
ルカとシルフィ。大陸広しといえど、これほど噛み合わないカオスな二人組はいないだろう。
先ほどまでルカの底知れない狂気の片鱗を垣間見ただけで、実のところ、二人の旅はまだ始まってすらいなかった。
「そうですね。魔法陣でどこに飛ばされたのかもわからない状況ですし、まずは人里を見つけて情報収集をするのが先決でしょう」
ルカは衣服をきっちりと着込みながら答えた。
一応は魔法学校の特待生。その回答自体は、100点満点のものだった。
シルフィははぁ、と深いため息を吐く。
「ここはね、あたしを祀る『風の祭壇』にほど近い場所よ。山を一つ降りれば、近くにそこそこ大きな町もあるわ」
「風の祭壇……。なるほど、聞いたことがあります」
ルカの表情が、いつになく真面目なものになる。
シルフィはそんなルカの顔をじっと見つめた。
悔しいが、黙っていればルカの容姿はすこぶる整っている。学校では女子生徒から密かに片想いされることも多く、成績も常にトップクラス。
変な趣味(大先生のストーキングおよび違法魔導機の密造)さえなければ、意外にも普通の、いや、むしろ超ハイスペックな青年なのだ。
「伝承によれば、風の最高位精霊との契約ができる祭壇ですね」
ルカは冷静に分析すると、何でもないことのようにシルフィへ視線を向けた。
「シルフィさん、僕と契約します? 僕は別に構いませんが」
「嫌よ(生理的に)!! ていうか、なんで上からなのよあんた!?」
シルフィは即座に、全力で拒絶の声を上げた。
「くっ……わがままな方ですね。こんな気まぐれな精霊と契約を交わしていたなんて、さすがです、ユノ大先生。僕にはとても真似できません」
勝手に大先生への信仰心を深めるルカを見て、シルフィは心の中で戦慄していた。
(いや、頭はおかしいけど、確かにこいつ…強いのよね……)
シルフィは回想する。ルカの大事な魔導機『撮影くん』が黒水の魔物に傷つけられそうになった瞬間、この男が放った純粋魔力は、脅威の2,000パーセントを記録した。
そしてノータイムで最高位の炎属性魔法《 ラスト・プロミネンス 》をぶっ放し、魔物を一瞬で塵すら残さず殲滅したのだ。
実力だけなら最高位精霊のマスターになれないこともない。
しかし、その強さを発揮するトリガーが「大先生の盗撮データが壊されそうになったから」という、擁護のしようがないキモさ。
それが問題だった。
「あのさぁ……この際はっきり言わせてもらうけど——」
シルフィは勇気を出して言うことにした。
「——あんた、キモいのよ」
逆上されたら怖い。非常に怖い。
だが、今後の長い旅路のこともある。ここではっきり自覚してもらう必要がある。
「僕が…キモい……?」
ルカの身体がわなわなと震えだす。
(うわぁ、やっっば。地雷踏んだこれ!?)
シルフィが身の危険を感じて大慌てで身構えた、その時だった。
「【ユノ大先生語録第0188番】 『きっしょ』!!!」
突然、ルカは白目を剥きながら天を仰いで大声で叫んだ。
「……え、なんて??!!」
シルフィはビクッとしながら聞き返した。というか、自分の耳を疑った。
ルカのライフワークである『ユノ大先生語録』。
ルカはユノが日常で放った言葉(その大半が適当な一言)をつぶさにノートに記録しており、それらすべてにナンバリングを施し、一言一句正確に記憶しているのだ。
「ちょっと、前にもそれいくつか披露してたけどさぁ! 『真理を探求せよ』とか『諦めるな』とかは、わりと普通っていうか、適当な言葉だったじゃない!?」
シルフィは空中から身を乗り出し、激しくツッコミを入れる。
「今回の『きっしょ』って何よ!? 名言どころか、ただの悪口じゃないの!?」
——ちなみに、この言葉が生まれた背景はこうだ。
ユノが魔法学校の『召喚術』の授業を受け持った際、手元を狂わせた生徒が、妖精を召喚するはずが、どういうわけか「魔界のゴキブリ」を召喚してしまった。
その際、あまりのビジュアルのおぞましさに、あの大賢者ユノが思わず素で呟いた一言が、この「きっしょ」であった。(その後、ユノが責任を持って即座に魔界へ送還した)
ルカはその歴史的瞬間(※ただの授業トラブル)をも完璧に網膜に焼き付け、その言葉を大先生の深遠なる教えとして昇華させていたのである。
「その言葉が今後のあたしたちの旅の何に役立つっていうのよ! ていうか、だんだん語録の言葉短くなってきてない!?」
シルフィのツッコミは、風の精霊らしくキレッキレに冴え渡っていた。
しかし、ルカはそんなシルフィの猛ツッコミを浴びながらも、何故か満足そうに、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
「ふっ……シルフィさん。僕たち、なんだかんだいいコンビですね」
「どこが!?? もう嫌ぁーーー!! そういうとこぉぉーーー!!」
シルフィは頭を抱え、絶叫しながら空中でジタバタと悶絶した。
理知的で美しい大人コンビのフィオナ&ウンディーネ。
試練を乗り越え、熱い絆を結んだリゼ&イグニス。
そして、ただただ精神を削り合う変態とギャル。
ルカとシルフィの、果てしなく前途多難な大冒険は、今のところまったく何も始まっていないのだった。




