第60話 ☆炎の試練(後編)
「……火力勝負か。面白い!」
イグニスもまた、その瞳に歓喜の炎を灯し、右手にありったけの魔力を集中させていく。その右拳は、まるで小さな太陽のように白熱していた。
極限の魔力が対峙する中、リゼは杖を見つめながら、胸の奥で静かにイグニスに語りかける。
(イグニスさん……あなたは……あなたはどこまで優しいんですか……!)
リゼには、分かっていた。
イグニスがなぜ、あれほど厳しい言葉を自分にかけたのか。
なぜ、ここで覚悟を問うたのか——
すべては、リゼを一人前の魔法使いとして自立させるための、彼女なりの『優しさ』だったのだ。
ユノがいないこの状況下でも、リゼが自分の力で生き残り、ユノの隣へ帰れるように。
そして——「右手しか使わない」というハンデ。最後の火力対決。
イグニスは武神ともいえる最高位精霊だ。
リゼの最大火力をかわすことなど、彼女にとっては造作もない。
それをあえて、正面から受け止めようとしてくれている。リゼの「覚悟の重さ」を、その身で測るために。
「いきます……はああぁぁーーッ!!」
「来い、リゼッ!!」
二人の魔法が同時に放たれた。
紫電の槍と、紅蓮の劫火が正面から激突する。バリバリと世界が軋むような音が響き、魔力と魔力が拮抗する。
だが、イグニスの圧倒的な力がジリジリとリゼを押し返し始めた。
「どうした!? あんたの覚悟はそんなもんか! ユノへの想いは、その程度で消える安っぽいもんなのか!?」
イグニスの激が飛ぶ。
(違う……違う……ッ! 私の想いは、そんなものじゃない……!)
ユノの笑顔、気だるげな口調、自分を守ってくれたあの背中。
想いが、記憶が、リゼの体内で眠っていた魔力を爆発的に増幅させる。
(私は……イグニスさんのその気持ちに、全力で応えたい――ッ!!)
リゼの雷槍が爆発的に巨大化し、光の奔流がイグニスの炎を猛然と押し返していく。
それを見たイグニスは、満足そうに、ニヤリと笑った。
——ドゴォォォォォォンッ!!!
聖域全体を揺るがす、凄まじい大爆発が巻き起こった。
爆煙が晴れる中、すべての魔力を使い切ったリゼは、ガクリと膝をついて地面に倒れ込んだ。
指一本動かす力さえ残っていない。
カツ、カツ、と足音が近づき、リゼの目の前で止まる。
見上げると、そこには衣服の端を少し焦がしたイグニスが、呆れたように、だが、ひどく愛おしそうにリゼを見ていた。
「……へっ、あぶねぇあぶねぇ。危うく本当に消し飛ばされるところだった。その熱い想い、認めてやる。あんたは私の契約者に相応しい」
イグニスはそう言うと、そっとリゼの右手を優しく取った。
「これからよろしくな、主」
刹那、リゼの右手の甲に、眩い光と共に『火の精霊の契約印』が鮮やかに刻み込まれた。
しかし、感動の余韻を破るように——
「——見つけたぞ! 炎の巫女と、異端の女魔術師め!」
祭壇の周囲の岩陰からゾロゾロと黒の教団の残党たちが現れた。その数、十数人。
「今度こそ、黒水の魔女様のためにその命を捧げてもらう!」
「ターニャさん……っ」
リゼは身構えようとしたが、先ほどの激闘の直後だ。すぐに戦うだけの力は残っていない。
しかし、リゼの前に、一歩進み出た背中があった。
「おいおい、ゴミ虫ども……」
イグニスが、これまでとは比較にならないほどの、世界を焼き尽くすようおぞましい魔力の圧を解放した。
髪が炎のようにゆらりと逆立ち、周囲の岩石が熱でドロドロと溶け始める。
「あたしの契約主に……気安く手を出すんじゃないよ——《 フレア 》」
イグニスが手を翳した瞬間。
黒の教団の残党たちがいた空間そのものが、一瞬で巨大な火柱へと変わった。
絶叫を上げる暇すら与えず、広範囲の敵を一網打尽に焼き払う、最高位精霊の本来の力。地形が変わるほどの破壊力。
先ほどのリゼとの戦闘とは、その差は歴然だった。
イグニスは振り返ると、いつもの不敵な笑みに戻ってリゼにウィンクをしてみせた。
あまりの圧倒的な強さ、そして何より、自分を『主』として認め、守ってくれたその絶対的な安心感に、リゼの緊張の糸がぷつりと切れた。
視界が涙で激しく滲んでいく。
「イグニスさん……ありがとう……ございました……っ」
ポロポロと涙を流すリゼの頭を、イグニスは「泣くんじゃないよ、リゼ」と言って、少し手荒に、けれどこの上なく温かくガシガシと撫でるのだった。




