第57話 ★石の民
深い森を抜けた先に広がっていたのは、切り立った岩肌の山々に囲まれた、静かな集落だった。
家々はどれも頑丈な岩をくり抜いて作られており、大陸の東端にひっそりと息づく「石の民」の村——その独特な景観が広がっている。
「……疲れた」
ユノは肩に担いだ大杖を軽く回し、小さく息を吐いた。
18歳の身体は、8歳の子供の頃に比べれば肉体的なスタミナも十分ある。だが、己の足で歩くというのは、元来面倒くさがりなユノにとっては、それだけで重労働だった。
「ユノ、お疲れ様。……テラリアの力、少しあげる」
脳内の精神世界から、テラリアのぽつりとした声が響く。同時に、足元の地面からじんわりと温かい大地の魔力がユノの身体に流れ込み、歩き詰めで強張っていた両足の疲労を優しく解きほぐしていく。
「助かる」
「ん。ユノのためなら、何でもする」
どこか嬉しそうなテラリアの声色を感じながら、ユノが村の入り口へと足を踏み入れた、その時だった。
「——止まれ! 見慣れぬ顔だな。何者だ!」
行く手を阻むように現れたのは、岩のように強固な肉体を持つ、石の民の戦士たちだった。手には無骨な石の斧を握りしめ、見知らぬ青年であるユノを、鋭い警戒の目で見下ろしている。
ユノの容姿は端麗そのものだ。この荒々しい辺境の村において、彼の纏う洗練された空気はあまりにも浮いていた。
「旅の者だよ」
ユノは困ったように眉を下げる。
「怪しい者じゃない」
神格魔導器を肩に担ぎながら言う台詞ではなかったが、戦士たちはその言葉を信じる様子もなく、さらに武器を構えた。
「ふん、口先だけの軟弱な若造が。今、この村はそれどころではないのだ。山脈から降りてきた狂暴な魔獣——『地脈喰らい』のせいで、作物は枯れ、外との交易も絶たれている。余所者を構う余裕などない」
(地脈喰らい、か。大地の魔力を喰らう厄介な害獣だな)
ユノが頭の中で記憶を検索していると、テラリアが悲しそうに声を潜めた。
「……あの魔獣、大地の底で暴れてる。大地が、痛がってるの……」
テラリアがそう言うのなら、放っておくわけにもいかない。それに、ここで村を追い出されては、大陸を渡るための物資も滞ってしまう。
ユノは「やれやれ」と本日何度目か分からないため息を吐き、戦士たちの前に一歩踏み出した。
「じゃあ、僕がそいつを退治するから、その代わり、この村の乗り物を譲ってほしい」
「はあ!? お前正気か!」
戦士たちが驚愕の声を上げる。
「あれは高位の魔術師が何十人も集まってようやく退けられるかどうかの大物だぞ! お前のような若い魔術師が一人で——」
——ズズズズズズッ!!!
戦士の言葉を遮るように、大地が激しく鳴動した。
村の広場の地面が大きくひび割れ、そこから、岩石のような皮膚と無数の鋭い牙を持つ、巨大な百足に似た魔獣が姿を現す。この地を脅かす『地脈喰らい』だ。
凄まじい咆哮が轟き、石の民の戦士たちが恐怖に顔を強張らせる。
「くそっ、こんなところまで現れるとは! 総員、防衛体制を——!」
「下がって」
パニックになりかける戦士たちを、ユノの静かな声が制した。
ユノは杖を地面から引き抜き、スッと前方に構える。
その瞬間、彼の周囲の空気が、世界最強の大賢者のそれに一変した。
18歳の姿でありながら、その背後のオーラ、圧倒的な魔力の威圧感に、魔獣さえも一瞬動きを止める。
「空から狙撃する。テラリア、演算補助を頼む」
「ん。いつでもいける。……ユノ、がんばって」
ユノの瞳が、深い魔力の光を帯びる。
「《 アース・バインド 》」
ユノが静かに呪文を紡いだ瞬間、魔獣の足元の岩盤が生き物のように蠢き、その巨体を完全に組み伏せた。
「なっ……詠唱もなしに、これほどの規模の地属性魔法を!?」
石の民たちが目を見開くなか、ユノはさらに杖を天へと掲げる。テラリアがユノの精神世界と魔力回路を最適化していく。
【経度】-133.78595138
【緯度】 20.14932559
魔獣の頭部の位置情報。テラリアが弾き出した大地の座標をもとに、ユノが狙いを定める。
「《 レールガン 》」
青空を突き破り、凝縮された星光の質量弾が、ピンポイントで魔獣の脳天を貫いた。その誤差、1cm以内。
轟音と共に、地脈喰らいの巨体が煙を上げて崩れ落ち、そのまま動かなくなる。
村の建造物には、ただの一箇所の傷もつけることなく、標的だけを完璧に打ち抜くという、まさに神業的なコントロールだった。
静寂が、辺りを包み込む。
石の民の戦士たちは、完全に顎を外して硬直していた。今、目の前で起きた現象が、人間に不可能な領域の魔法であることだけは理解できた。
ユノは杖を肩に担ぎ、何事もなかったかのように戦士たちを振り返る。
「害獣は退治したよ」
呆然としながらも、深く頭を下げて感謝の言葉を述べる村長や戦士たち。
こうしてユノは、大陸を渡るための頼もしい足、乗用トカゲを手に入れることに成功したのだった。
「ユノ、すごかった。かっこよかった」
脳内でパチパチと小さな拍手を送るテラリアに、ユノは苦笑を返す。
「全盛期だったら誤差1mm以内だったよ。……さあ、行こうか」
東端の村に別れを告げ、ユノはトカゲの手綱を引いた。
地上最強の精霊と世界最強の賢者。相性が抜群の二人にとって、さしたる困難は存在しない——かに思えたが、この後わりと波乱な展開になることをユノはまだ知らなかった。




