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大賢者ユノと弟子のリゼ  作者: グランチャイルド
第3章 大陸横断編(前編)
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第56話 ★ユノとテラリア

「……ノ………ユノ……」


 

 深い闇の底から、自分を呼ぶ、静かな声が聞こえる。


(……君は……誰……?)


「私は……テラリア」


(テラリア……?)


 とても懐かしい響きだ。


「ユノと契約してる……地の精霊。……思い出せない?」


(意識が……ひどく混濁してる……)


「……待ってね。大地の記憶を共有してみる」



 ——その瞬間。


 眩い光と共に、意識と思考、様々な感情がユノの脳内に一気に流れ込んでくる。 

 ユノの記憶が、鮮やかに蘇る。


 ゆっくりと瞼を持ち上げる。視界に飛び込んできたのは、生い茂る木々の隙間から差し込む、木漏れ日の光だった。

 

「よかった……ユノ。目が覚めた」

 

 地の精霊テラリアが、その無機質ながらもどこか温かみのある声で安堵の言葉を漏らした。

 

 ずきずきと痛む頭を押さえながら、ユノは上体を起こして周囲を見回す。見渡す限りの巨木と、踏みしめられた柔らかな土。

 

 どうやら、どこかの深い森の中にいるようだ。


「ユノ……思い出せた?」


 テラリアが心配そうに訊ねる。


「どうかな」


 ユノが嘯(うそぶ)く。


「——けど、君が僕と一番相性がいい精霊だってことは思い出した」


 その言葉にテラリアは嬉しそうに微笑んだ。

 

「あれから……どれくらい経った?」

 

「丸一日、眠ってた」

 

 ユノの問いに、テラリアが答える。

 

「……あの子が、魔物からユノを守ってくれてた」

 

 テラリアに促されるようにユノが横を見ると、すぐ傍らの地面に、神格魔導器《 メイスオブゼウス 》が深く突き刺さっていた。

 

 かつて大賢者ユノ・クロウとして世界を震撼させた、己の半身ともいえる愛杖。

 

「ありがとう、ゼウス」

 

 ユノがその白銀の柄にそっと手を触れると、ゼウスは主の声に応えるように、優しく小さく、明滅するような光を返した。

 

「ありがとう、テラリア」

 

「うん!……ユノ、本当に無事でよかった」

 

 テラリアは少し照れたように返事をした。

 

 あの極限状態の転移魔法陣だ。

 

 リゼやフィオナ、そして他の精霊たちとはバラバラの座標に強制転送されたと考えるのが妥当だろう。

 

 テラリアだけは精神世界(ユノの頭の中)に留まる形で、そのまま一緒に飛ばされてきたらしい。

 

 しばらくは、この地の精霊と二人きりの旅になる。

 

「ユノのここ(頭の中)、落ち着く。……心地よくて、好き」

 

 テラリアがぽつりと言った。

 

 先ほどのユノの言葉に嘘偽りはない。ユノ自身、四精霊の中でテラリアとの相性が最も良いと感じていた。

 

 うるさい女(=シルフィ)、激しい女(=イグニス)、観察してくる女(=ウンディーネ)。

 

 みんな遠くへ行ってほしい。

 

 ユノにとっては物静かに寄り添ってくれるテラリアが、一番精神的に楽だった。

 

 そして、テラリアは人間界※という環境において最強といえる精霊。

 

 大地を司る精霊とは、すなわち万物の基礎、すべての土台となる存在だ。その魔力の質も、他の三精霊とは根本的に異なるものだとユノは感じていた。

 

 また、先の魔女との戦い、魔女の結界のソースコードを解く人智を超えた超高速演算を続けられたのは、テラリアがその力で、ユノの精神世界を陰で支えてくれていたからに他ならない。

 

 彼女がユノの精神を外界から遮断し、ユノの脳細胞を冷却し続けていなければ、オーバーヒートして脳が焼き切れていただろう。

 

「テラリア、ここがどのあたりか分かる?」

 

「……ん。近くに、石の民の村がある。ここは大陸の、東の果てに近い場所」

 

 石の民の村。その名前を聞いて、ユノの脳裏に世界の地図が浮かび上がる。

 

 その村が近くにあるということは、当然、テラリアを祀る『地の祭壇』もすぐそこにあるということだ。

 

(だが……今の僕にはテラリアと契約を結ぶ資格はないな)


 当時18歳であったユノが、シルフィ、イグニス、ウンディーネの三精霊と契約を結び、地の精霊と契約を結ばなかった理由——それはユノが地の精霊には勝てないと感じていたからだった。


 ユノの戦力分析において、そう確信するほどの強大な存在。


 そしてもう一つの懸念——

 

 ユノは自身の胸元を衣服越しに触る。

 

 そこには、大賢者時代に刻んだ四精霊契約の証——『光の紋章』が、今もなお眠っている。

 

 二重契約。その場合、いかなるペナルティを受けることになるのか。

 

 いずれにしても、テラリアとの契約状態を元に戻すには、大陸最果ての地に聳える『時の塔』へと向かい、そこに眠る『時の砂』で、18歳の姿から本来の大賢者の姿へと時を進めなければならない。

 

 そして、あの黒水の魔女を今度こそ再封印する。

 

 ——大陸を渡る、面倒な長旅になる。

 

 ユノは小さく息を吐いた。

 

 しかしその一方で、どこか懐かしい感じもしていた。ずっと昔に忘れていた感覚。わくわくするような、胸を焦がすような——

 

「行こう、テラリア」

 

「うん、どこまでも。ユノの行く場所に、私はついていく」

 

 仲間と離れ、テラリアと二人になった大賢者ユノの最後の旅が、今まさに始まろうとしていた。



※界

 最高位精霊には以下のとおり、各界の分掌・管轄がそれぞれ存在する。

 ・冥界…シルフィ

 ・魔界(地獄)…イグニス

 ・精霊界(天国)…ウンディーネ

 ・人間界…テラリア

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