第54話 ▲ルカとシルフィ
彼の名はルカ・ウェイン。王都中央魔法学校、高位魔法専攻の3年生であり、優秀な成績を修める特待生。
彼は誰よりも努力することを旨としていた。
それもすべては、憧れのユノ大先生という名の『真理』に一歩でも近づくため——
「あぁ……まさか大先生の青年期のご尊顔を拝見できるなど、夢にも思いませんでした。あの気高さ、あの美しさ……! しかし、だからこそ……!」
ルカは悔しげに自身の唇をぎりりと噛みしめた。
「あの極限状態において、『撮影くん』を起動できなかったことが……一生の不覚! 本当に悔やまれます……っ!」
『目バッキバキ』、『地獄のストーカー』、『マジカル☆マジルカ』、そして『変態』——
数々の不名誉かつ不気味な異名を持つ男、ルカ。
しかし、彼のあの捨て身の働きがなければ、全員が魔女の放つ絶望の闇の波動に呑まれ、あの場で全滅していたのは紛れもない事実であった。
「——まさか、あの史上最悪の魔女に『変態の体当たり』が効果バツグンだったとはねぇ」
一陣の爽やかな風が吹き抜け、ルカの目の前に緑の光の粒子が集まる。現れたのは風の最高位精霊、シルフィだった。
「あなたは……?」
「風の精霊、シルフィよ。ユノと契約してるの」
「大先生の、契約精霊……ッ!!」
大先生の契約精霊を前に、ルカの全身がわなわなと歓喜に震えだす。
「と、撮っていいですか!?」
本人の許諾など1ミリも得る様子なく、ルカは背嚢から素早く『撮影くん』を取り出してレンズを向けた。
「映らないってば」
シルフィははぁ、と深くため息を吐いた。
精霊という存在は、通常人間の目には見えないし、機械にも映らない。
今はシルフィ側がルカの魔力波長に同期しているため、ルカの脳内にだけ彼女の姿が見えている状態なのだ。
「ていうか、あんたさぁ。なんでさっきからずっと上半身裸なのよ? 早く服着てよね。あたし、これでもデリケートな女の子なんだからね?」
シルフィがジト目でピシャリと言い放つ。
「お、女の子……」
その響きに、ルカのバッキバキの目が怪しく反応した。
ルカ・ウェイン、御年18歳。
これまでの人生、女子とまともに触れ合った経験ゼロ。というか、友達すらほとんどいなかった。
なぜなら、学生生活のすべてを脇目も振らずに大先生のストーキングに費やしてきたからである。
彼にとって、女性という存在は未知の領域だった。
「さ、触ってもいいですか?」
「なんでそうなるのよ!! いいわけないでしょ!!」
またしても本人の許諾を得る気ゼロのまま、両手を怪しくワキワキさせ、バッキバキの目で一歩一歩近づいてくるルカ。
シルフィは悲鳴を上げて自身の胸元を腕で隠し、大慌てで空中に浮遊して距離を取った。
「くっ……確かにシルフィさんはユノ大先生の所有物(※違います)……すみませんでした……」
ルカはトボトボと引き下がると、シルフィにではなく、懐から取り出した小瓶に謝った。
出た。『賢者の湯』である。
「あんた、そんなのまだ大事に持ってるわけ!?」
シルフィが空中で呆れ果てた声を出すと、ルカは神聖なものを見る目で小瓶を掲げた。
「そんなの? 失礼な。これは『賢者の聖水』です」
(いつの間にか『聖水』に格上げされてるし……ていうかそのネーミング、変態が言うと放送コードギリギリなんだけど……!)
シルフィの脳内ツッコミが冴え渡る。
「いい加減に捨てなさいよ! 何度も言うけど、それただの冷え性とか肩こりとかに効く温泉だから! 飲むやつじゃないから!」
「シルフィさん……」
ルカが不意に、スッと声を落とした。
バッキバキの目が、完全に光を失った、底深い漆黒の『真顔』になる。
「あなたがもし……僕のこの聖水を無理やり捨てようとするならば……僕はあなたに対して……何をするか自分でも分かりません」
「……え?」
ゾゾゾゾゾ……ッ!!!
シルフィの全身に、かつてないほどの激しい悪寒が走り抜けた。
精霊を真正面から脅迫する人間なんて初めて見た。というか、言葉の重みと狂気の純度が普通じゃない。
(な、何よこいつ……マジでヤバい。尋常じゃなくヤバい……!)
精霊女子会であれだけ「ルカおもしろーい!」と爆笑していたツケが、今、最悪の形で回ってきた。
よりによって、この大陸一危険な変態と二人きりで行動を共にすることになるとは——
風の精霊シルフィは、これからの旅路に、果てしない一抹の、というか100%の不安を覚えるのだった。




