第47話 星の露雫
辿り着いた洞窟の最奥は、それまでの宇宙空間のような暗闇とは一転し、どこか神聖な白銀の照度に保たれていた。
天井も、壁面も、足元の床も、すべてが淡い輝きを放つ純白のクリスタルでできている。
中央には静かに水を湛える泉があり、その真ん中に、美しい青い光を宿した祭壇が鎮座していた。
その祭壇に恭しく祀られているものこそ、探し求めていた奇跡の結晶——『星の露雫』だった。
「ユノ、リゼ。——覚悟はいい?」
フィオナが二人に振り返り、いつになく厳かな声で問いかけた。
リゼは胸に手を当て、静かに深呼吸をした。
ゆっくりと目を閉じる。
これまで何度も自分に問いかけてきた。何が正しくて、何が良いのか。
予言された「私が死ぬ未来」。
それがいつ訪れるのか、自分はどうなってしまうのか、本当の未来は誰にもわからない。
けれど、リゼの覚悟は疾うに決まっていた。
先生を、元の最強の『大賢者』の姿に戻したい。
今まで、何度も何度も先生に助けられてきた。今度は、私が先生を助ける番だ。
何より、私は先生と一緒にいたい。先生と一緒に歩みたい。これから先の未来を。
(そこに何が待ち受けていようとも、この先に何が起ころうとも……先生と一緒なら、私は大丈夫。先生と一緒なら……!)
リゼは静かに目を開いた。
いつの間にか、8歳のユノが、じっと真っ直ぐにリゼの顔を見つめていた。
リゼは迷いの消えた瞳で、ユノに向かって優しく頷いてみせる。
「覚悟は、できています」
「——ボクも!」
リゼの言葉に続くように、ユノも力強く応じた。
フィオナが静かに前に歩み出で、祭壇から『星の露雫』をそっと手に取る。星の賢者の名のもとに、因果を解放する古代の儀式が始まった。
フィオナが天を仰ぎ、星々と大宇宙の因果へと呼びかけるように、朗々と呪文を紡ぎ始める。
その時、ユノの小さな手が、魔力の急激な高まりに呼応して小さく震え出した。
リゼは迷わず、その手にそっと自分の手を添えて包み込んだ。
(8歳の先生……。愛らしくて、本当に可愛かった……)
リゼの胸に、この短くも濃密だった旅の記憶が去来する。
絶対に忘れない。この思い出は、大切な、大切な私だけの宝物。
これから姿形が変わっても、私の中ではこの小さな先生も、永遠に生き続ける存在なのだ。
(……ありがとうございました、先生。こんな不甲斐ない私の側に、いつも居てくれて。本当に……本当に……! ありがとうございました……!)
フィオナがすべての呪文を唱え終わった瞬間、『星の露雫』が爆発的な輝きを放った。
それと同時に、ユノの身体も目も眩むような純白の光に包まれていく。
まばゆい光の奔流の中で、小さな子供のシルエットが、徐々に、しかし確実にスラリとした大人の姿へと変化を始めていく。
儀式は成功する——
誰もがそう確信した、まさにその瞬間だった——
「——この時を、待っていたわ」
地獄の底から響き渡るような、おぞましい女の声が空間を満たした。
直後、周囲の美しい白銀のクリスタルから、斑点のようにドス黒いシミが広がり——天井から、壁面から、足元の床から、滝のように不気味な『黒水』が溢れ出した。
神聖な星の魔力は一瞬にして汚染され、瘴気が渦巻く。
溢れ出た黒水は、ユノたちの目の前で意志を持つ蛇のように蠢き、集まり、やがてドロドロとした漆黒のドレスを纏う、一人の不気味な女性の姿を形作っていく。
「……!」
リゼの体は金縛りにあったように硬直し、言うことを聞かない。
今まで経験したことのない、未曾有の恐怖が全身を覆い尽くしていた。
リゼは本能的に理解した。これが史上最悪の魔女だ、と。
「……魔女……!」
舌打ちをしながら、フィオナが静かに星詠みの杖を構える。
「よくぞ……よくぞここまで、私の可愛いユノを連れてきてくれたわ——星の賢者」
狂気に歪んだ笑みを浮かべ、不敵に佇む魔女。
すべての元凶——『黒水の魔女』が、ついにその姿を現したのだった。




