第43話 ルカの追跡
王都中央魔法学校を休学したストーカー——忠実なる追跡者ルカ・ウェインの旅は、極めて順調だった。
憧れのユノ大先生と同じ温泉に入り、さらに持参した大量の小瓶に『賢者の湯(ルカ命名)』をたっぷりと詰め込むことにも成功した。
ルカは馬の背に揺られながら、ほくほくと悦に浸っていた。
「大先生の残り香(※主に硫黄)を手に入れた今、僕のモチベーションは最高潮です。……さて、ここからはさらにギアを上げていきましょう」
ルカが背嚢から取り出したのは、奇妙なアンテナがいくつも飛び出た不気味な機械。
【魔導機No.002】
『魔導式魔力探知機』——追跡くん
埋め込まれた魔導石のエネルギーを駆使し、特定の魔力の残滓や形跡を正確に探知する装置である。
言うまでもなく、彼がストーキングを完遂するためには必須のアイテムであった。
ちなみに、これも学校側にバレれば没収されるどころか、最悪の場合、無期謹慎処分が下るレベルのいろんな意味で危険な魔導機である。
「探せ、追跡くん……。あの大いなる真理の足跡を……!」
ルカが装置を起動すると、パチパチと青い火花が散り、一本の魔力のラインが街道の先へと伸びた。
探知したのは、ユノの愛杖《 メイスオブゼウス 》の残留魔力。
世界に二つと存在しないあの神格魔導器は、出力があまりにも高すぎるため、いかに大賢者が気配を隠そうとも、どうしても完全に魔力の跡を消し去ることはできないのだ。
「見つけました……! 待っていてください、大先生!」
メテオのクレーターに続き、今度は杖の魔力を追って、ルカは街道を爆走し始めた。ルカの目は、今日も今日とてバッキバキに充血している。
「ユノ大先生はかつて仰っておられました……『真理を探求せよ』と。ならば、ユノ大先生という名の『世界の真理』に最初にたどり着くのは、この僕だ!!」
——凄まじいオタクの拡大解釈(認知の歪み)である。
ルカは『ユノ大先生語録』と称し、ユノが過去に放った言葉を一言一句、肌身離さず携えているノートにつぶさに書き留めていた。
ちなみに今の言葉は語録の【第0021番】に収録されている名言である。
なお、ルカほどの狂信者ともなれば、ノートを参照するまでもなくすべての語録を寸分違わず暗記していた。
しかし、そんなルカの爆走は、突如として遮られることになる。
ヒヒヒンッ!と馬が激しく怯えて前足を上げ、その場に止まってしまったのだ。
「な、何事ですか……?」
ルカが前方を見据えると、森の茂みから、どろりとした黒い液体を滴らせた不気味な魔物が姿を現した。
ユノたちが戦った『黒水の魔物』の生き残りである。
初めて目にするそのおぞましい姿。周囲の空気を腐らせるような尋常ならざるヤバい雰囲気に、ルカの本能が警鐘を鳴らす。
さすがのルカも、その圧倒的な邪悪さを前に身体が強張った。
「くっ……なんというプレッシャー……! あ、足がすくむ……!」
襲いかかる絶望的な恐怖——死の恐怖。
しかし、ルカはそこで諦める男ではなかった。
彼は懐から『賢者の湯』が入った小瓶を取り出すと、必死に天を仰いだ。
「ユノ大先生! 僕に勇気を……戦うための勇気をください!!」
ゴクリ、とルカは賢者の湯を思い切り口に含んだ。
前述のとおり、この湯の本来の効能は「冷え性、肩こり、リウマチなど」に効くただの温泉水なのだが、脳内をユノ一色に染め上げたルカは、大先生から直々に聖なる勇気をもらった(ような気がした)。
「おおお……力が、湧いてくるようです……!」
だが、現実は非情である。
魔物はルカの自己暗示などお構いなしに、咆哮を上げて猛然と襲いかかってきた。
近づく死の気配に「ひゃうっ!? やっぱり怖い!!」とルカは涙目になる。
しかし、次の瞬間だった。
大きく振り下ろされた魔物の鉤爪が、背嚢からひょっこり顔を出していた『魔導式録画機(撮影くん)』のすぐ間近を掠めたのだ。
そのとき、ルカの脳内で、何かがパツンと弾け飛んだ。
恐怖が、一瞬にして純粋な激昂へと塗り替えられる。バッキバキだった目が、物理的に血が噴き出さんばかりの『超バッキバキ』へと変貌する。
「さ、さ、さ——撮影くんに、触るなぁぁぁぁああーーーーーーーっっっ!!!!!」
それは、男子寮の自室で夜な夜な寝る間も惜しんで作り上げ、大先生の尊いお姿とクレーターを記録した、彼の血と汗とストーカー魂の結晶。
それに触れようとした魔物の罪は、万死に値した。
怒りによって、ルカの体内魔力が暴走を始める。
——瞬間魔力出力、驚異の2,000パーセント。
ルカはバッキバキの目で杖を天に掲げると、普段の彼からは想像もつかないほどの威力を秘めた最高位の単体攻撃魔法を叫んだ。
「塵に還れぇぇぇ!!!《 ラスト・プロミネンス 》!!!」
ドゴォォォォォォンッッッ!!!
ルカの放った超高熱の獄炎が街道を焼き尽くし、直撃した黒水の魔物は、不死の再生能力を発揮する暇すら与えられず、一瞬にして細胞ごと蒸発して消滅した。
静寂が戻った街道で、息を切らしながらルカはドサリと膝をついた。
そして、手元に残った『賢者の湯』の小瓶を地面に置き、そこに向かって完璧な土下座を捧げた。
「はぁ、はぁ……! 大先生……! 僕のような未熟者に、これほどの尊きお力添えをいただき、本当にありがとうございました……!」
完全に大先生の加護のおかげだと勘違いし、涙を流して小瓶を拝むルカ。
なお、この瞬間、王立天文台の魔力観測レーダーが「未確認の超高出力な変態魔力」を検出して大騒ぎになっていたのだが——
それはまた、別のお話である。




