第42話 頭痛
眩しい朝の光が寝室のカーテンの隙間から差し込み、リゼは激しい頭痛と共に目を覚ました。
「うぅ……、頭がガンガンする……。痛たた……」
こめかみを押さえながら、リゼは上体を起こした。ベッドの横のサイドテーブルには、親切にも一杯の水が置かれている。
それを一気に飲み干し、ようやく一息ついたところで、リゼは青ざめた。
(あれ?……私……昨日の夜、どうやってこの部屋に戻ってきたんだっけ……?)
記憶を辿るが、フィオナに勧められて美しい紫色の果実酒を2、3杯美味しく飲んだあたりから、頭の中に白いモヤが立ち込めていて何も思い出せない。
不穏な予感を抱えながら、リゼは身支度を整えて一階の食堂へと向かった。
食堂では、すでにフィオナとユノが朝食を摂っていた。
「あらリゼ、おはよ。随分とお寝坊さんね?」
フィオナが美しい銀髪を揺らしながら、ティーカップを傾ける。
その隣では、ユノが小鳥のようにトーストをもしゃもしゃと食べていた。
「お、おはようございます……。あの、フィオナさん……」
リゼは恐る恐る、二人の前の席に腰掛けた。
「私、昨夜のディナーの途中からの記憶がすっぽりと抜け落ちていまして……。その、私、何か失礼なことや、変なことを口走ったりしていませんでしたでしょうか……?」
リゼの質問に、フィオナは「くすっ」と妖艶に微笑み、ユノはあからさまに気まずそうな顔をしてトーストで顔を隠した。
「それはもう、見事なものだったわよ?」
フィオナは楽しそうに語り出す。
「まずは豪快な絡み酒。ユノにガバッと抱きついて『責任とってくださいぉ~!』って大声を上げたと思ったら、今度は急に泣き上戸になってぐずり始めてねぇ。
最終的には完全に意識を失ったから、うちのラインハルトにお姫様抱っこで運ばれて、お部屋へ連れて行かれたのよ」
「ひゃあああああああ!?」
リゼは顔面をトマトのように真っ赤に染め、両手で顔を覆った。
よりによって、あの超絶イケメン執事にお姫様抱っこで運ばれるという大失態。
しかも、先生の前で、お酒の勢いに任せて「責任をとれ」などと迫っていただなんて。
「あ、でもね」と、フィオナがニヤニヤしながら付け足す。
「ラインハルトに運ばれるまでの間、ユノったらつきっきりで、あなたの口にお水を運んであげたり、膝の上でずっと優しく頭を撫でて介抱してあげていたわよ?」
「え……?」
リゼは覆っていた手をそっと退け、隣のユノを見た。
ユノは耳まで真っ赤にして「……フィオナお姉ちゃん、余計なこと言わなくていいから。リゼがうるさかったから、黙らせるために仕方なくだよ」と、ぷいっとそっぽを向いてしまった。
(せ、先生が私の頭を撫でて介抱してくれた……!?)
リゼの胸に、じわぁっと極上の幸福感が広がっていく。
まさに至高のご褒美タイムである。
本当に、その瞬間を覚えていないことだけが、リゼにとって人生最大の痛恨の極みであった。
◇
「さて——騒がしいお喋りはここまでにして、本題に入りましょうか」
朝食を終えると、フィオナの表情からいつものからかいが消え、賢者としての真剣な眼差しになった。リゼも背筋を正し、ユノも静かに耳を傾ける。
「いよいよ、ユノを元に戻すための鍵——『星の露雫』を手に入れるわよ。星の露雫はね、ほとんど魔導書にも記載がないの。世界の因果を狂わせるほどの力を宿す、秘宝中の秘宝。だから、歴代の星の賢者が隠すように守ってきたの。
その秘宝は、この屋敷からさらに北にある『流星の谷』に眠っているわ。かつて星の欠片が降り注いだと言われる、極めて濃厚な星の魔力が満ちた聖域よ。
そして、その聖域には、この星詠みの杖がないと入れない」
フィオナは杖を小さくトンと鳴らした後、机の上に古びた地図を広げ、一つの谷を指差した。
「星の露雫の結晶があれば、因果の呪縛から解放され、ユノの体は一時的ではなく、元の『大賢者』の姿へと戻すことができるわ。
……ただし、黒の教団か、あるいは魔女が何もしてこないとは思えない。一筋縄ではいかない試練が待っているはずよ」
「流星の谷……星の露雫……」
リゼは地図を見つめ、息を呑んだ。
「出発は明日。今日は丸一日、屋敷でしっかりと旅の準備を整えなさい」
「はい、わかりました!」
いよいよ、この旅の終わりが見えてきた。
フィオナの予言した「自分の死の未来」への恐怖は完全に消えたわけではない。
けれど、18歳のあの美しいユノの姿を、そして昨夜自分を優しく介抱してくれたこの子の温もりを思い出す度、リゼの胸には不思議と勇気が湧いてくるのだった。
(先生を支えると決めたんだもの。どんな試練が待っていても、私は絶対に退きません!)
リゼは膝の上で拳をぎゅっと握り締め、来る明日の出発に向けて、強く覚悟を決めるのだった。




