第40話 ルカの冒険、始まる
一方その頃。
王都中央魔法学校では、一人の男子生徒の休学届が正式に受理されていた。
彼の名はルカ・ウェイン。
ユノ・クロウ大先生を病的なまでに崇拝する彼は、荷物をまとめた背嚢を背負い、学校の門をくぐった。
ルカの新たなる冒険が、今まさに始まろうとしていた。
「待っていてください、ユノ大先生! 僕は必ずあなたに追いついてみせます……!」
馬の手綱を強く握り締め、街道を全力疾走するルカの目はバッキバキに充血していた。
その執念は完全なるストーカーのそれである。
しばらく馬を走らせていると、前方の街道に、不自然極まりない巨大なクレーターが出現した。
周囲の木々はなぎ倒され、大地は抉れ、焦げた臭いが微かに残っている。
「間違いない……! これほど規格外な広域破壊魔法を放てるのは、ユノ大先生以外に考えられない……っ!」
実際には星の賢者フィオナが放った《 メテオ 》の跡なのだが、ユノを盲信するあまり、ルカは盛大な勘違いを起こしていた。
「ハアハア」と荒い興奮の息を漏らしながら、彼は背嚢から自作の怪しげな魔導機を取り出した。
【魔導機No.001】
『魔導式録画機』——撮影くん
道具名コールとともに、謎の「てれれれってれ~」という効果音が鳴る。
この魔導機は、埋め込まれた魔導石のエネルギーを使い、視界の映像を録画・再生できる画期的な装置である。
ルカは手先が非常に器用で、ユノの伝説を追体験するためだけに、こうした適法か違法かといわれると、ちょっとグレーゾーンな魔導機を男子寮の自室でコツコツ密造していたのだ。
なお、学校側にバレると即没収される代物である。
ルカはガバッ!と上着を脱ぎ捨て、上半身裸になると流れるような動作でマントを羽織り、目元にハーフマスクをスチャッ!と装着した。
そして、『撮影くん』に向かって一人で実況を開始する。完全に謎の配信者のノリである。
「バッキバキTVをご覧の皆さん、こんにちは。マジカル☆マジルカです」
カメラ(撮影くん)を見つめる目は、やはりバッキバキだ。ちなみに、このチャンネル名との関連は不明であるが、ルカの腹筋もバッキバキであることを申し添える。
「見てください、このクレーター。これは恐らく、僕が崇拝してやまない、ある大賢者様が闇の勢力と繰り広げた、聖戦の跡と思われます。見事な術式の残留魔力……素晴らしい」
ルカはクレーターの底に転がっていた煤けた石を愛おしげに持ち上げ、カメラに近づける。
「この石からは、大先生の気高き魂の鼓動が聴こえてくるようです。……それでは皆さん、またお会いしましょう。よければチャンネル登録・高評価をお願いします」
「よし、完璧だ」とルカは撮影を終了し、満足げに頷いた。
◇
それから半日後。ルカはユノ一行が休憩に立ち寄った、例の温泉宿へと辿り着いた。
持ち前のバッキバキの目つきで受付の従業員に執拗な聞き込みを行った結果、ルカは驚愕の事実を突き止める。
「な、何だと……? 大先生が、この宿の『貸切家族風呂』に、ご入浴された……!?」
ルカの全身を、未曾有の歓喜と興奮の震えが駆け巡る。
同じ湯に入れるなんて、もはや夢のようだ。いや、夢以上の奇跡である。
「そうだ……入浴する前に、まずはこの神聖なる湯を小瓶に詰めて保管しておこう。後でじっくり眺めたり、いざという時に飲んだりしたいしね……ククク」
ルカの狂気は誰にも止められない。
カバンから大量の空き瓶を取り出し、温泉の湯を嬉々として汲み上げる彼の姿は、完全に一線を越えていた。
この温泉の効能は、冷え性、肩こり、リウマチ、そして疲れた心を癒すこと。
大賢者が浸かったとて、それ以上の効果は本来期待できない。
しかし、人間は時として、プラシーボ効果(思い込み)によって、本来の効能を超える一時的なバフを獲得することがある。
人間のポテンシャルには、単純な尺度で測り知ることなどできない、超然的なものがあるといえよう。
大先生の残り香(主に硫黄)に包まれ、至福の表情を浮かべるルカ。
ルカの果てなき冒険は、まだ始まったばかりである。




