第39話 女たちの戦い2
黒歴史アルバムの衝撃冷めやらぬまま、夕食の時間が近づいていた。
リゼは名誉挽回とばかりに、フリル付きのエプロンをキリッと締め、屋敷の広大な厨房へと乗り込んでいた。
「見ていてください先生……! 過去がどうあれ、今の先生の胃袋をガッチリ掴むのは、この私です!」
これから作るのは、旅の間でよく作ってあげていた家庭的なスープだ。
完璧な手際で作業を進めるリゼだったが、背後から「あら、楽しそうね」と艶やかな声が響いた。
振り返ると、そこには黒いシルクのエプロンを身に纏ったフィオナが、美貌のメイドたちを従えて立っていた。
エプロンの紐で強調されたその胸元は、やはり圧倒的なメテオ級のボリューム感を誇っている。
「フィオナさん!? どうしてキッチンに……」
「ユノの夕食でしょう? なら、私も手伝わなくっちゃ。あの子の好物はね、私が昔よく作ってあげた『特製星屑グラタン』なのよ。メイドたち、準備して」
「「「はっ!」」」
一糸乱れぬ動きで最高級の食材を切り刻んでいくプロのメイドたち。
「くっ……! 負けません、私のスープだって先生に褒められていたんですから!」
リゼの対抗心に火がつき、厨房はさながら魔導戦争を彷彿とさせる熱気に包まれた。メイドたちの華麗な包丁さばきと、リゼのコトコト煮込み作業が火花を散らす。
✩
そしてディナーの席。
テーブルにはリゼのスープ、そしてフィオナの黄金色に輝くグラタンが並んだ。
「さあ、ユノ。どっちから食べる?」
フィオナがニヤニヤと微笑み、リゼは祈るように手を組んでユノを見つめる。
ユノは、二人の視線に挟まれて冷や汗を流していた。
大賢者としての演算能力をフル稼働させ、ユノはまずリゼのスープをスプーンですくい、次にフィオナのグラタンを口に運んだ。
「……どっちも美味しいよ」
完全に正解の濁し方をする8歳児。リゼはひとまず「美味しい」を勝ち取ってホッと胸をな下ろした。
そんな緊迫したディナーの最中、イケメン執事のラインハルトが、美しいクリスタルのデキャンタを運んできた。
「リゼ様。当家特製の果実酒でございます」
「あ、ありがとうございます」
注がれた透明感のある紫色の美酒を、リゼは緊張をほぐすために一口、コクンと飲んだ。ベリーのような甘くて爽やかな風味が口いっぱいに広がる。
「美味しい……!」
ジュース感覚で、ついついもう一口。しかし、それが悲劇の始まりだった。
この特製の果実酒、魔力を秘めた果実を使っているため、非常にアルコール度数が高い。しかもリゼは、自覚がないだけで、お酒が壊滅的に弱かったのだ。
3分後。
「うにゅぅ……あたまが、ふわふわしまふ……」
リゼの白い肌は耳まで真っ赤に染まり、目は完全にとろんと据わっていた。
「あら、リゼったらもう酔っちゃったの? お子様ねぇ」
フィオナはグラスを何杯も空けながら、顔色一つ変えずにクスクス笑っている。底なしの酒豪※である。
お酒が完全に回ったリゼは、日頃のストレスと嫉妬、そして18歳ユノへのときめきが一気に大爆発した。
バタン!とテーブルを叩いて立ち上がる。
「もぉぉぉーーー! 先生るるいれすぅぅ(ずるいです)!!」
「わっ!? リ、リゼ?」
隣に座るユノに、リゼは思いっきり抱きついた。
「昔プロポーるしたとかぁ! なんれすか、それぇ! 私なんて、まら先生にそんなこと言われたことないのにぃ! しかも、この前の18歳のイケメン、なんれすか、あれ! 格好よすりて反則れすぅ……! 私の心臓、まらろきろきしてるんれすよぉ? ろーしてくれるんれすか、セキニンとってくらさいぃ~~!!」
「ちょ、リゼ、声が大きい……! 離れて、顔が近いよっ!」
普段のきっちりしたお姉さんはどこへやら、完全にタチの悪い絡み酒と化したリゼに、ユノは顔を真っ赤にして狼狽する。
「うぅ……先生ぇ……ぐすっ……」
ひとしきり暴れたリゼは、急に泣き出したかと思うと、今度は電池が切れたように、ユノの小さな膝の上に自分の頭をぽすんと乗せた。そのまま、ふにゃふにゃと眠り始めてしまう。
「はぁ……本当に手がかかるなぁ」
ユノは呆れたようにため息をついた。けれど、その目はとても優しかった。
ユノは小さな手で、ラインハルトが差し出したお水のグラスを受け取ると、リゼの唇にそっと当てて飲ませてあげる。
そして、膝の上のリゼの柔らかな髪を、愛おしそうに何度も何度も優しく撫でてあげるのだった。
「ユノ、本当に甲斐甲斐しいわね。良い旦那様になりそう」
フィオナがからかうと、ユノは「うるさいな」と言って、耳を真っ赤に染めながらそっぽを向いた。
過酷な運命の旅路の途中で訪れた、甘くて騒がしい星の夜。介抱してくれるユノの温もりに包まれながら、リゼは幸せそうな寝息を立て続けるのだった。
※底なしの酒豪
お酒の強い人のことを「ザル」という。ザルは液体をそのまま通してしまうため、いくらでも飲めるという例えに使われる。そして、さらにお酒が強い人のことを「ワク」という。ザルにはわずかな引っかかりがあるが、ワクにはそれすらない。
ちなみにフィオナはその上。ワクすらも存在しない。空間に注がれる液体の如く。「ソラ」というべき異次元の酒豪。学校一の酒豪を自称するアルトリウス学長を幾度となく潰してきたため、学長にして「フィオナには勝てない」と言わしめたほどである。
なお、酒の嗜みは量ではない。強さではない——
お酒は楽しく。ほどほどに。スマートドリンクを心がけよう!【大陸酒造組合】




