第38話 フィオナの隠れ屋敷
深い森の奥、木々の隙間から漏れる月光に照らされて、その邸宅は姿を現した。
『星の賢者の隠れ屋敷』。
白い石造りの壁に、夜空の星座を模した青い屋根。周囲には幻想的な発光植物が咲き乱れ、まるでおとぎ話の世界から飛び出してきたかのような美しさだった。
魔導馬車が静かに停止すると、屋敷の重厚な扉が開き、中から洗練された衣服を纏った一団が並んで出迎えてきた。
「おかえりなさいませ、フィオナ様。お待ちしておりました」
先頭で恭しく頭を下げたのは、一糸乱れぬ身のこなしの執事だった。歳の頃は20代半ば。白髪交じりの銀髪に、切れ長の涼しげな瞳。
モデルも裸足で逃げ出すような、非の打ち所がない眉目秀麗な超イケメンである。
さらにその後ろには、やはり全員がモデル級の美貌を持つメイドたちがズラリと控えていた。
「ええ、ただいま。急な帰還になってごめんなさいね。こちら、大賢者ユノと弟子のリゼよ」
フィオナに紹介され、リゼが「あ、よ、よろしくお願いします……」と緊張気味に挨拶すると、イケメン執事はすっとリゼの前に進み出た。
そして、彼女の手をそっと優しく取り、極上の笑みを浮かべてその甲に唇を寄せんばかりの距離まで頭を下げた。
「ようこそおいでくださいました、美しいお嬢様。私は当家の執事を務めます、ラインハルトと申します。
長旅でお疲れでしょう、これより先は私どもが誠心誠意、おもてなしさせていただきます」
「ひゃいっっ!?」
学校のチャラ教師、クロードとはまったく違う、正統派かつ完璧なエスコートを受け、リゼは一瞬で顔を真っ赤にしてフリーズしてしまった。
すると、リゼの隣にいたユノが、なぜか面白くなさそうな顔をして、リゼのスカートの裾を「ぎゅっ」と強めに引っ張った。
「……リゼ、鼻の下伸びてる。そんなにその執事がいいの?」
「へ!? せ、先生!? い、いえ、滅相もないです! 私はただ緊張して!」
ユノのどこか嫉妬混じりの可愛いツッコミに、リゼはさらに大慌て。それを見たフィオナとメイドたちは、クスクスと楽しそうに目を細めていた。
◇
その後、夕食までの間の自由時間。
リゼとユノは屋敷の豪奢な応接間に通されていた。ふかふかのソファに腰掛けるリゼの隣で、ユノはラインハルトが淹れてくれた極上のココアを美味しそうにちびちびと飲んでいる。
「はい、お待たせ。退屈しのぎに、これでも見ていなさいな」
そこに、着替えを終えたフィオナがやってきて、机の上に一つの青い水晶を置いた。
「フィオナさん、これは……?」
「私の特製魔導機『映像結晶』。魔法のアルバムよ。ユノが昔、この屋敷にいた頃の記録がすべて入っているの」
「先生の、子供時代の記録……っ!?」
リゼの目が、一瞬にしてプロ魔導師のそれよりも鋭く輝いた。ガチの幼児期の先生の姿。
弟子として、そして女として、見ないという選択肢はなかった。
「ちょっと待って、フィオナお姉ちゃん。それ、ボクも記憶にないんだけど……嫌な予感がするから仕舞っ——」
ユノが焦った声を上げるが、時すでに遅し。フィオナがパチンと指を鳴らすと、空中へ鮮明な立体映像が投影された。
『うわぁぁぁん!! ふぃおなおねえちゃんがいいー!!』
そこに映し出されたのは、今よりさらに小さい、3歳ほどの姿のユノだった。
しかも、フィオナのあのメテオ級に豊かな胸へ顔をぐいぐいと埋め、涙と鼻水で濡らしながら、必死に抱きついているではないか。
『よしよし、ユノ。どうしたの?』
『ぼく、おおきくなったら、ふぃおなおねえちゃんとけっこんするぅー! かえりたくないぃー! ずっとここにいるぅーっ!!』
——静まり返る応接間。
「うわあああああああああーーーーっっっ!!!!」
記憶はないものの、本能が「人生最大の危機」だと察知したユノが、顔をトマトのように真っ赤にして絶叫した。
「見ちゃダメだリゼ!! 消してーー!!」
ユノはどこからか取り出した『100t』と書かれた大木槌を振りかざし、媒体を破壊しようとする。
しかし、それを片手でひょいと受け止めるリゼ。
隣に立つリゼからは、どろりとした、黒水級の漆黒のジェラシーオーラが立ち上っていた。その目は完全に据わっている。
「へぇ……。せ、ん、せ、い……? そんな昔から、フィオナさんのふかふかお胸の虜になって……え?……プロポーズまでしていたのですか……?」
「ち、違う! ボクは覚えてないし、それは3歳の頃の、ただの事故というか、何かの魔法※……っ!」
必死に弁明する8歳の大賢者。
「ふふ、可愛いでしょ? 昔のユノは素直だったのよねぇ」
追い打ちをかけるようにフィオナが微笑むと、リゼは「先生……今夜は徹底的にお話を伺いますからね……」と地獄の笑顔を浮かべるのだった。
※何かの魔法
その正体は、フィオナの支配領域。その名も『プリティ・ウーマン』。有効射程半径5メートル。対象はすべての男性(年齢は問わない)。
この支配領域内では、いかなる殿方といえどもフィオナの魅力に抗う術は……存在しない。
——といったところでしょうか?




