第4話 急襲! 黒の教団
「——ひゃはは! ユノ見っけたァ!!」
王都の魔法学校を目指して歩む二人。
うららかな陽気が漂う街道に、突如として耳を劈くような禍々しい声が響き渡った。
周囲の木々から音もなく現れたのは、不吉な紋章をあしらった黒いフード付きのローブを身にまとった集団。
その中心で下卑た笑い声を上げたのは、悪の秘密結社『黒の教団』の幹部、アデスだった。
「黒の、教団……!」
リゼは息を呑み、瞬時にユノを背中に庇った。
邪神を崇め、裏社会で人身売買や奴隷取引、さらには魔導石の違法採掘を牛耳る世界最悪の暗黒組織。
彼らは四精霊契約者である大賢者ユノを「邪神復活の最大の障壁」と見做し、かねてからその命を執拗に狙っていたのだった。
「ホントにガキの姿になってんじゃん! 大賢者ァ! 覚悟はできてるゥ? ひゃはっ!」
半年前に行方不明になったとされ、公には子供の姿であることは知られていない事実。
だが、裏社会の情報網はあまりにも早かった。
好機と見た彼らは、すでにユノを始末すべく動いていたのだ。
「先生には指一本触れさせません……!」
リゼは恐怖で震える足を必死に押さえ、決死の覚悟で杖を構える。
「ひゃはは!死ねェ!《 深淵の蛇 》!」
アデスが手を掲げると、彼らの影から無数の黒い蛇——高位に位置する闇魔法が解き放たれた。
リゼは障壁を張りながら後退し、すかさず炎の刃を放つ。しかし、無数にうねるすべての蛇を完全に相殺することはできず、闇の衝撃がリゼの身体を激しく叩いた。
「リゼぇーー!」
ユノが叫び、教わったばかりの《 ファイアボール 》を放って応戦する。
「なにそれ? よっわ!」
アデスはそれを指でピンと弾き飛ばした。
「ユノ、お前は後でゆ~っくりいたぶって殺してやるからなァ! ひゃは!」
アデスが叫ぶと同時に、地面から何本もの不気味な黒い手がにゅるりと出現し、ユノの身体をがっちりと拘束する。
「先生!」
「ユノの心配してる場合かァ? 《 アビス・スネーク 》!」
間髪容れずに放たれる闇魔法の暴風。リゼは防戦一方に追い込まれ、その身体にじわじわと致命的なダメージが蓄積していく。
さらに、周囲の部下たちも完璧な連携を見せる。闇魔法の威力を跳ね上げる《 ダークネス 》。そしてリゼの魔法耐性を削り取る《 ブラッディレイン 》。
「ハァ……ハァ……」
息を切らしたリゼはとうとう地面に膝をつき、そして倒れ込んだ。
圧倒的な実力差。完璧な連携。相手は裏社会の修羅場をくぐり抜けてきた、闇魔法の超一流の使い手たちだ。
リゼ一人の力でこの局面を打開することはできなかった。
アデスがじりじりと、捕らえられ怯えるユノの方へと歩みを進める。
リゼの視界が、悔しさと恐怖の涙で激しく歪んでいく。
かつて魔法学校で、いつも自分を導き、守ってくれた大切な人。今度は自分が守ると誓ったのに。
「嫌……先生に、手を出さないで……っ!」
ポロポロと涙を流しながら、リゼは這いつくばったまま、必死にユノへと届かない手を伸ばす。
「ひゃははは! まずはユノの目の前でお前を殺してやろうか!!」
アデスは残虐に笑い、手元に巨大な闇の刃を形成していく。
「あれェ? お前さ、よく見たら結構可愛い顔してんじゃん! 洗脳してたっぷりと調教してから奴隷商人に売っ払うのもいいかもなァ! ひゃーはははは!!!」
絶対的な優位に立ち、狂気じみた叫び笑いを上げるアデス。
その絶望の極みで、静かにユノが呟く。
「——《 時よ 》」
凛とした、低く冷徹な声が響く。
カチリ、と世界の歯車が停止する音がした。
次の瞬間、激しく吹き荒れていた風がピタリと止まり、宙を舞っていた木の葉が空間に固定される。
リゼの目からこぼれ落ちた涙の雫さえも、重力を失ったかのように空中に浮かんだまま動きを止めた。
どこまでも深い静寂。
大陸のすべての時間が——完全に止まったのだった。
ユノの絶対支配領域の完成である。
その瞬間、ユノの精神世界では、四人の美しい精霊たちが一斉に歓喜の声を上げていた。
『きたきたーーーっ!! ユノのターン!』
シルフィが空中で激しく飛び跳ねる。
『ユノの十八番、時止め! 相変わらず規格外だわ!』
イグニスが腕を組み、勝ち誇ったように不敵な笑みを浮かべる。
『さすがです、我が主。リゼ様の涙が、その眠れる力を呼び覚ましたのですね』
ウンディーネが深く感じ入ったように微笑む。
『……終わったな……お前ら』
テラリアが哀れむような目で、完全に静止した黒の教団の面々を見下ろした。
——パキィィン!
モノクロームに変貌した世界。
静まり返った空間の中、ユノを拘束していた黒い手がガラスのように砕け散る。
そして、ユノだけが、止まった世界の中をゆっくりと歩み出す。
カツン、カツン——
その瞳は、いつもの臆病な子供のものではない。
底の知れない深淵を湛えた、世界最強の魔法使い——大賢者ユノ・クロウの瞳だった。
ユノは、リゼの頬の涙をそっと指先で拭いながら、横を通り過ぎる。
そして、完全に静止しているアデスの目の前まで歩みを進め、冷酷に目を細めた。
「俺の弟子を泣かせて——」
ユノの身体から、世界の法則すらをも書き換えるほどの、桁違いの魔力が溢れ出す。
「——生きて帰れると思うなよ」




