第3話 最高位四精霊
朝から街道を歩き続け、夕方頃。
リゼとユノは、あちこちから湯煙が立ち上る活気ある町へと辿り着いた。
「リゼぇ……もう一歩も歩けない……」
「お疲れ様です、先生。ここには温泉施設がありますから、ゆっくり疲れを癒やしましょう」
たどり着いた宿には立派な温泉が併設されていた。
だが——
ここで予想外の事態が発生してしまう。
なんと、男湯が使えないというのだ。
原因は配管不良——
ユノが男湯を覗きに行くと、そこはマグマのようにぐっつぐっつと煮えたぎっていた。
リゼが心配そうにユノに尋ねる。
「先生、どうでした?」
「うん、すごいことになってた」
そんなバカな……と思うかもしれないが、ありえないことが普通に起こる。
現実とはそういうものである。
そして、その様子を見ていた宿の仲居さんは、小さなお子様でしたら女湯でも問題ありませんよ、と笑顔で言い放った。
リゼは覚悟を決めた。
「せ、先生……一緒に入りますよ。他意はありませんからね!」
「わーい! お風呂お風呂ー!」
そうして始まった、予期せぬ混浴。いや、必然の展開ともいうべき混浴。
湯船に浸かりながら、リゼは気が気でなかった。いくら姿は8歳の子供とはいえ、中身は自分がずっと憧れ、想いを寄せていた大賢者ユノ・クロウ(32歳)なのだ。
「リゼ、お湯加減ちょうどいいねー」
「そ、そうですね、先生……」
(ど、どうしよう、昨日のグレイファング戦より心臓がバクバク鳴ってる……!)
リゼの顔は真っ赤に染まりっぱなしだった。
そして、お風呂上がり。さらに追い打ちをかけるように次の問題が浮上する。
観光シーズンということもあり、宿の部屋が一つしか空いておらず、しかも部屋にはベッドが一つあるだけだった。
「し、失礼します……」
横たわるユノの隣へ、リゼは意を決してするっと滑り込んだ。
野宿のときは意識することはなかったが、密室でこのシチュエーション。
背中に伝わる、先生の小さくて温かい体温。
寝返りを打つたびに触れそうになる距離感に、リゼは完全にユノを意識してしまい、ドキドキが止まらなかった。
◇
二人がようやく寝静まった、深夜。
ユノの意識は突然、精神世界へと引きずり込まれた。ユノが契約した風・火・水・地の最高位精霊たちが、主であるユノを呼び寄せたのだった。
「お姉ちゃんたち、誰……?」
目の前に並ぶ、息を呑むほどの美女たち。
しかも全員、やけに身体のラインが強調された際どい衣装を纏っており、ユノは完全に気圧されていた。
「あは、ウケる! ホントにうちらのこと覚えてないんだー」
露出の高いギャルっぽい衣装に身を包んだ少女、《風の精霊シルフィ》がクスクスと笑う。
「シルフィ、笑い事じゃねーって。ユノ、あんたが子供になったせいで、あたしたちとの契約状態が不安定になってんだよ。外にも出れねーし」
赤と黒の衣装をまとった勝気なお姉さん、《火の精霊イグニス》が不満を口にする。
なお、その彼女の足元では、昨日リゼのために大暴れした幻獣サラマンダーが、手のひらトカゲサイズになって「きゅ~」と困ったように鳴いていた。
ちなみに、サラマンダーはイグニスのペットである。
「イグニス、主が一番困惑しているのですから……なぜ、その姿になったのか原因は不明ですが、元の姿に戻るためには、因果を操る『星の露雫』という秘宝が必要です」
白い肌に眼鏡をかけた理知的なお姉さん、《水の精霊ウンディーネ》が冷静に状況を分析する。
ちなみに、今ユノが一番困惑しているのは、自身の置かれている状況……というより、目のやり場に困るお姉さんたちの破廉恥な服装だった。
「ユノの記憶も……魔力も……ほとんど失われてる……このままだと……テラリアたち……ニート……」
ダボっとした法衣をまとった褐色肌の少女、《地の精霊テラリア》が、膝を抱えながらボソボソと呟いた。
「そっか……じゃあ、『星の露雫』をリゼと一緒に探せばいいんだね!」
ユノがようやく状況を理解して拳を握ると、それまでシリアスだった精霊たちの目が、一斉にジト目に変わった。
彼女たちは、先ほどまでの温泉やベッドでのラブコメ展開をユノの頭の中からバッチリ観賞していたのだ。
「っていうかさー! リゼちゃん、顔真っ赤にして、超尊かったよね!」とシルフィ。
「ユノ。あんた風呂ぐらい一人で入れ。そして、寝るときも一人で寝ろ」とイグニス。
「え、いや、あれはなんか男湯がマグマみたいになってて……それにベッドもひとつしかなかったし……!」
ユノが必死に弁明する。
「とにかく、純潔の女性をみだりに惑わしてはいけませんよ?」とウンディーネ。
「ユノ……子供の姿……利用しちゃダメ……」とテラリア。
「ええっ!? ぼ、ボク本当に何もしてないのに~!」
ユノは精霊たちから理不尽に説教され、失意のまま精神世界を後にしたのだった。
◇
翌朝。
小鳥のさえずりで目を覚ましたリゼの前に、ユノが真剣な顔で立ちはだかった。
「リゼ、僕が元に戻る方法がわかったよ! 『星の露雫』っていうのを探せばいいんだって!」
「えっ!? 先生、それをどこで? 夢でも見たのですか?」
「うんとね、僕の頭の中にいる精霊のお姉ちゃんたちが教えてくれたの。昨日のお風呂のときも、ベッドのときも、リゼが顔を真っ赤にしてるの、みんな全部見てたんだって!」
「…………え?」
リゼの思考が一瞬、完全に停止した。
温泉での羞恥。ベッドでの狂おしいほどのドキドキ。
そのすべてを、伝説の精霊たちにLIVEで見られていたという事実。
「み、見られていたのですかぁぁぁーーーー!?」
宿の一室に、リゼの割れんばかりの悲鳴が響きわたる。ユノは、限界まで赤面し、顔を両手で覆いながらベッドに突っ伏すリゼを不思議そうに眺めるのだった。




