第35話 若き天才
18歳の姿となったユノは、気だるげに首を一つ鳴らした。
彼は周囲を一瞥する。
夜の街道、立ち込める黒水の臭い、再生を続ける魔物の群れ、そして呆然と自分を見つめるリゼの視線——そのすべての状況を、ユノは一瞬のうちに理解した。
18歳のユノ・クロウ。彼の実力はどれほどのものか。
——そんなものは、愚問でしかない。
ユノは18歳という若さにして、すでに他者の追随を許さない、圧倒的な魔力を備えていた。
このとき既に、ユノに唱えられない魔法はおおよそ存在しない。
そして、その威力は規格外。
並み居る賢者クラス、いや、それすらをも遥かに凌駕する強さといえる。
若き天才は、実戦の場においてもまた、冷徹なほどに秀でていた。
「フィオナ。時間は?」
ユノは低く心地よい声で、気だるげに尋ねる。
「30秒ってとこね」
フィオナの答えを聞き、ユノはフッと不敵に笑った。
「それだけ?」
次の瞬間、ユノの瞳が鋭い魔力の光を帯びる。
「——まあ、それだけあれば……充分か」
突如、ユノの姿が掻き消えた。
風の音すら置き去りにして、ユノは一瞬で魔物の群れの背後へと移動した。
あまりの速さに、魔物たちはユノを完全に見失い、虚空をキョロキョロと見回す。
「吹っ飛べ」
ユノは魔物の群れに背を向けたまま、命じるように呟いた。
——ドォォンっ!!!
凄まじい爆発音が響き渡り、魔物たちの巨体がまとめて空高くへと舞い上がった。
神速の移動。その目にも留まらぬ一瞬の間に、ユノは魔物たちの足元へ高位爆破魔法《 エクスプロージョン 》の魔法陣を多重展開していたのだった。
「フィオナ、固定して」
ユノが淡々と指示を出す。
「わかったわ」
フィオナが星詠みの杖を翻すと、空中に投げ出された魔物たちの周囲の重力が増大した。
擬似的なブラックホールに囚われたかのように、魔物たちは空中で完全に動きを固定される。
「《 ホーリーランス 》」
ユノが完全無詠唱の状態で右手をかざすと、夜闇を黄金に染める光の聖槍が、一瞬にして数百本も形成された。
黒水に有効な、高純度の聖属性魔法。
それが雨あられと、空中に固定された魔物たちめがけて一斉に放たれる。
「グオオオオオオっ!?」
肉体を貫かれ、黒水ごと浄化されていく魔物たちが絶叫を上げる。
だが、ユノは表情ひとつ変えることなく、まるで書類仕事を片付けるかのように淡々と処理を続けていく。
そして、ふと馬車の方を振り返った。
「——そこのお姉さん。僕の杖を投げて」
「ひゃいっっ!?」
不意に美しい切れ長の瞳で見つめられ、リゼはびくっと肩を跳ね上げた。
お姉さん、と呼ばれた。弟子ではなく、一人の女性として見られたような未知の感覚に心臓が爆発しそうになる。
リゼは、学校を離れる際、ユノの研究室からもしもの時のためにと、大賢者の象徴である最高位魔導杖《 メイスオブゼウス 》を密かに持ち出していたのだった。
そして、ユノは近くに存在する自身の愛杖の気配をしっかりと感じ取っていた。
「は、はいっっ!!」
リゼが座席の奥から、神々しい黄金の杖を引っ張り出す。触れた瞬間、バチチチッ!とリゼの許容量を超える凄まじい雷の魔力が走り、手が震えた。
(信じられない! なんて出力なの……!)
意志を持つ杖。
《 メイスオブゼウス 》は自身の所有者を記憶していた。
そして、この杖もまた近くにその主の存在を認め、かつ、戦闘の体勢に入っていることをもはっきりと理解し、反応していた。
リゼは決死の思いで、杖をユノへと放り投げる。
ユノは、飛んできた大杖を片手で軽々と受け取ると、懐かしむように手の上でクルリと転回させた。
「うん……実に馴染む」
ユノの全魔力と同調した《 メイスオブゼウス 》が、夜空を引き裂くような黄金の電鳴を轟かせる。
18歳の青年は、杖の先端を遥か上空の魔物たちへと真っ直ぐに向けた。
「——無に還れ」
落ちたのは、神の怒りの如き巨大な雷。
天空から降り注いだ超弩級の雷撃が魔物たちを直撃し、視界のすべてを真っ白な閃光が埋め尽くす。間髪入れずに巻き起こる大爆発。
轟音が止み、光が収まった時——
そこには、ちり一つの塵芥すら残されていなかった。不死の再生を誇った黒水の魔物たちは、完全にこの世から消滅していた。
「うそ……素晴らしいなんてものじゃ……」
目の前の出来事に、リゼは息を呑んだまま震えていた。
時の賢者と、星の賢者の共闘。
圧倒的すぎるその光景は、もはや現代の魔法戦ではない。神話の時代に紡がれた、英雄たちの戦いそのものだった。




