第32話 女たちの戦い
圧倒的なメテオ級バストに気圧され、すっかり身も心も小さくなったリゼがフィオナと共に部屋に戻ると、一足先に貸切家族風呂から上がったユノが待っていた。
「あ、リゼ、フィオナお姉ちゃん。お風呂気持ちよかった?」
部屋に用意されていた小さめの浴衣に身を包んだユノが、湯上がりの上気した顔で無邪気に微笑む。
濡れた髪が少しおでこに張り付いているその姿は、保護者としてのリゼの母性&正妻(予定)の本能を猛烈に刺激した。
「ええ、とっても気持ちよかったですよ、先生。さあ、髪をちゃんと乾かさないと風邪を引いてしまいます」
リゼはすぐさまユノの前にしゃがみ込み、持っていたタオルで彼の頭を優しく包み込んで、丁寧にワシワシと拭き始めた。
「ふふ、やっぱりユノは昔から、お風呂上がりに髪を拭いてもらうのが大好きなのよねぇ」
後ろから、濡れた銀髪をバスタオルで巻きながらフィオナが何気なく呟いた。
「え……?」
リゼの手がピタリと止まる。
「フィオナさん、先生の昔の、その……幼少期のこともご存知なのですか?」
「ええ、もちろんよ? この子がもっと小さくて、3歳くらいの頃ね。よく私のひざの上で、こうやってタオルで髪を拭きながら、そのままスヤスヤ寝ちゃったりしてね。本当に可愛かったのよ」
またしても、大人の余裕たっぷりにクスッと笑うフィオナ。
だが、その言葉はリゼの胸に「ドゴォン!」と大きな隕石を降らせた。
(さ、3歳頃の先生……!? 私の知らない先生を、この美魔女は知っているというのですか……っ!?)
リゼの背後から、どろりとした漆黒のジェラシーのオーラが立ち上る。
「あ、あの! フィオナさん、それは大昔の話です! 今の先生のお世話係は、唯一の弟子である私ですから!」
リゼは対抗するように、ユノの小さな身体をぎゅっと抱き寄せた。
「なぁに? 二人とも」
女性二人の間の火花にまったく気づいていないユノは、リゼの腕の中で不思議そうに首を傾げる。
「お姉ちゃん、ボク、冷たい牛乳が飲みたい。……あと、あっちの売店に売ってた温泉まんじゅうも食べたいな」
「まあ、可愛い。じゃあお姉ちゃんがご馳走してあげちゃうわね」
フィオナが豊満な胸を揺らしながらユノに近づき、その小さな手を優しく握る。
「ユノは昔から、お風呂上がりには甘いものが欲しくなるのよね。昔、私の屋敷に遊びに来た時も、星型の特製クッキーを美味しそうに全部食べちゃって……」
「——っ!! 先生! 牛乳もおまんじゅうも全部私が買います!なんなら売店ごと買い取ります! フィオナさんに甘えてはいけません!!」
リゼはついに限界を迎え、フィオナの手からユノの小さな手を強引に奪い返すと、そのままユノをひょいと抱え上げた。
「リ、リゼ?」
リゼのただならぬ気迫に引き気味のユノ。
「あら、リゼったら元気ねぇ。若いって素晴らしいわ」
フィオナはどこまでも無自覚に、大人の微笑みを浮かべて二人を見送るのだった。
黒水の魔女との過酷な戦いを前に、リゼの「先生の正妻(自称)」としてのプライドをかけた、もう一つの負けられない戦いが勃発していた。
◇
地上でリゼがフィオナへのジェラシーを燃え上がらせ、ユノを連れて売店へと突撃しているその裏で。
ユノの精神世界——お馴染みの『精霊女子会』のテーブルは、かつてないほどの盛り上がりを見せていた。
「いやー、ウケるわ。学校の女たちを撒いたと思ったら、今度はさらに強力な年上お姉さんが乱入してくるとか、リゼちゃん前世でどんな大罪犯したのよ」
シルフィが炭酸飲料の入ったグラスを片手に、ゲラゲラと笑いながらテーブルを叩く。
「それにしても、あのフィオナって女……。ユノの過去関係の女性は全員美人だけど、あいつはさらに別格ね。
あのナイスバディな上に、30年以上見た目が変わってないって、もはや魔女の領域でしょ」
イグニスがタルトを口に運びながら呆れたように言うと、テラリアが即座に「それな」と激しく同意した。
「ふふふ、盛り上がっているところ悪いけれど、私の『ユノ観察手帳』にさらに恐ろしい記録が載っているわよ?」
ウンディーネが眼鏡のブリッジをクイッと指で上げ、分厚い手帳をめくった。その怪しげな微笑みに、他の精霊たちが一斉に身を乗り出す。
「なになに? ウンディーネ、何が書いてあるの?」
「私の調べによると、約30年前……当時まだ幼児だったユノはね、フィオナ様に向かって『ボク、大人になったらフィオナお姉ちゃんと結婚する!』ってプロポーズしてるわ」
「「ぶふっっっ!!!」」
シルフィとイグニスが飲んでいたものを同時に盛大に吹き出した。
「マジで!? あのツンケンした不愛想賢者が、昔はそんな可愛いこと言ってたわけ!?」
「ええ。しかもそれだけじゃないわ。当時のユノは、フィオナ様の『ふかふかのお胸』が大のお気に入りで、何かあるとすぐに顔を埋めて甘えていたのよ」
「……うわぁ」
テラリアがドン引きしたような声を上げる。
「そんなことリゼちゃんが知ったら——」
シルフィが腹を抱えて爆笑する。
「……即死」
「オーバーキルですね」
「……ったく、本当に男ってやつは……。美人と大きな胸に弱ぇんだな。ユノのやつもその例外じゃなかったか」
イグニスがため息をつく。
「……でも、今のユノ、記憶ない」
テラリアがぽつりと言った。
テラリアの言う通り、現在ユノは記憶喪失状態。フィオナとの過去の記憶も断片的であり、詳しくは覚えていなかった。
その事実を前に、四人の精霊は互いに顔を見合わせ、邪悪な、しかし最高に楽しそうな笑みを浮かべた。
「……ねぇ、これさ」
シルフィがニヤニヤしながら口を開く。
「ユノ、このまま記憶取り戻さない方が、リゼちゃんの精神衛生上いいんじゃない?」
「だな!」
「ですね」
「……だね」
地上で必死にユノに温泉まんじゅうを食べさせている哀れなリゼをネタに、今日も精神世界は賑やかな笑いに包まれていた。




