第31話 温泉宿
深夜の街道に静寂が戻り、魔導馬車は再び滑るように走り出した。
車内に戻ってきたフィオナは、先ほど世界最高峰の破壊魔法を放ったとは到底思えないほど、涼しい顔でハーブティーを口にしている。
その圧倒的な強さを目の当たりにしたリゼは、先ほど告げられた絶望的な予言のことも一瞬忘れ、純粋な疑問を口にしていた。
「あの、フィオナさん……。フィオナさんのあの凄まじい力があれば、黒水の魔女にも勝てるのではないでしょうか?」
星の賢者が本気を出せば、ユノが元の姿に戻らなくとも解決できるのではないか——
そんな希望を抱いたリゼだったが、フィオナはあっさりと、拍子抜けするようなトーンで言った。
「0パーセント」
「え……?」
「残念ながら、私ではあの魔女に勝ち目はないわ。私の《 星詠み 》がそう言っているもの」
フィオナはカップを置くと、真剣な目をリゼに向ける。
「私の魔法は、圧倒的な力を誇るけれど、本質的には物質を破壊するものよ。
黒水の魔女はね、人間や魔力をドロドロに溶かして取り込み、一体化する概念のような存在なの。流動的で形がない。破壊することは不可能。私の魔法と、とても相性が悪いの。
私のメテオで魔女の肉体を消し飛ばしても、彼女は黒水で、いとも容易く再生するでしょうね。あれに対抗できるとしたら、世界の法則を書き換えるような術式か、あるいはユノの《 時の魔法 》くらいなものね」
やはり、ユノの力が必要不可欠。リゼは再び、重い現実を突きつけられることになった。
◇
翌日の昼前。
三人は険しい街道の合間にある、風情ある温泉街の町へと到着した。ここで数時間の休憩と、今後の旅に向けた物資の補給を行う計画だ。
「私の未来視(星詠み)では、少なくともこの町にいる間、敵襲はないわ。
だからリゼ、そんなに怯えなくて大丈夫よ。せっかく名物の温泉があるんだから、疲れを癒やしにいきましょう」
フィオナの言葉に少しだけ肩の力を抜いたリゼは、まだ眠そうに目をこすっているユノに、部屋に隣接した貸切家族風呂に入ってもらうことにして、フィオナと共に女湯へと向かった。
そして——
「ふぅ、やっぱり温泉は命の洗濯ねぇ」
湯煙の向こうで、髪を無造作にアップにまとめたフィオナは、白い肌を惜しげもなく晒して湯船に浸かっていた。
フィオナのうなじにちらりと星形の痣が見える。
それを見たリゼは、脱衣所で完全に固まっていた。
(あの星形の『あざ』は……いや、それよりも何ですかあのプロポーションは……っ!?)
フィオナのスタイルは、まさに非の打ち所がない完璧なものだった。出るところが出、締まるところが締まった圧倒的なモデル体型。
特に、お湯の上でこれでもかと自己主張している豊満な胸は、リゼのそれとは文字通り次元が違うボリュームだった。
「リゼ? どうしたの、突っ立ったままじゃ冷えちゃうわよ?」
「あ、あの! フィオナさん……! 学長の旧友とのことですが……その、学長と同じくらいの御年齢なのですか?」
初対面で年齢を聞くのはさすがに不躾だ……とは思いつつも、聞かずにはいられないリゼであった。
「どうしたの? 急に。アルトリウスくんより、私の方が少しだけお姉さんよ?」
(ア、アルトリウスくん!? ……学長をそんな風に呼べる人がいるなんて……え、待って。そうすると、今の見た目が20代後半くらいだから、30年以上見た目が変わっていないってこと……!?)
「ど、どんなエイジングケア※をしたら、そんな神がかった美貌とプロポーションが保てるのですか!? 美魔女にもほどがあります……っ!!」
リゼは自身の胸元を隠すように腕を組みながら、半ばパニック状態で尋ねた。
「あら、嬉しいわね。特別なことは何もしていないけれど……強いて言えば、昔から星の魔力を全身に循環させているからかしら?」
大人の余裕たっぷりにクスッと妖艶に微笑む。
そのあまりの美しさと圧倒的な「メテオ級」のバストに、リゼは女としての敗北感(?)を覚え、たじろぎながらお湯の隅っこへと縮こまるのだった。
※エイジングケア
見た目を若く保つこと。
正確に言うならば、フィオナが施しているのはエイジングケアではなく「アンチエイジング」。
『老化』には、二つの側面があるといわれている。すなわち、「肉体的な老化」と「エネルギーの老化」である。肉体的な老化は誰しも避けようがないが、その一方でエネルギーの老化は魔力循環や気功操術などにより回避可能と考えられている。
ちなみに黒水の魔女は生命エネルギーを吸収し続けて300年近く見た目が変わっていない。
——見た目が変わらないこと。それが共通する魔女の条件なのかもしれない。




