第30話 メテオ
あまりにも過酷な予言を突きつけられ、リゼは言葉を失っていた。
自分の命が、先生を縛り付けている。
先生は私を救うために、あの偉大な姿を捨ててくれた。
次々に押し寄せる衝撃に理解が追いつかず、リゼの身体は小さく震え出していた。
(……先生、私はどうしたらいいのでしょう)
膝の上で、ユノは無防備で愛らしい寝顔を晒している。
そんな彼を見つめていると、胸の奥から込み上げる感情を抑えきれなくなり、リゼはたまらずユノの小さな身体をぎゅっと抱きしめた。
その温もりが、今の彼女の唯一の救いだった。
「——おしゃべりはここまでのようね」
不意に、フィオナが短いため息をついた。
一瞬にして、周囲の空気が一変する。張り詰めた殺気と、どろりとした邪悪な魔力が、走る馬車の前方に立ち込めていた。
リゼが窓の外へ視線を走らせると、前方数十メートル先の街道を塞ぐようにして、不吉な黒いローブを纏った集団がうごめいていた。
「黒の教団……!」
その数は20……いや、30は下らない。しかも、それぞれが禍々しい闇の魔力を滾らせており、手練れたちであることが一目で分かった。
「先生、起きて——っ!」
リゼはユノを守るため、咄嗟に腰の魔導杖を構えて立ち上がろうとした。
しかし、その動きをフィオナの手が優しく制した。
「ごめんなさいね、リゼ。あなたには過酷な運命を突きつけてしまって」
フィオナは、先ほどまでのシリアスな影を消し去り、穏やかで優しい口調で微笑みかけた。
「せめて、私がいる間は、あなたは戦わなくていいわ。傷ついた心を、少し休めていなさい」
「フィオナさん……」
張り詰めていたリゼの胸の奥が、その圧倒的な優しさに触れて熱くなる。
フィオナは静かに立ち上がると、ゆっくりと馬車を降り、夜の街道へと歩み出た。
月明かりの下、うごめく多勢の教団員に対し、たった一人で立ち向かう銀髪の賢者。
相手は闇魔法の相当な使い手たちだ。いくら伝説の賢者といえども、これほどの数を同時に相手にするのは無茶ではないのか。
——リゼの心に強い不安が過る。
だが、リゼの心配をよそに、当のフィオナはまったく動じていなかった。
彼女は手にした星詠みの杖を軽く地面につくと、眼前に迫る集団を見据え、妖艶に唇を吊り上げた。
「——見えたわ」
フィオナが鈴の鳴るような声で、黒の教団に向かってささやく。
「あなたたちが、一瞬で灰になる運命がね」
不吉な予言を告げられ、教団の術者たちが息を呑んだ瞬間、フィオナは星詠みの杖を天高くかざした。
リミッターが解除されたように、フィオナの魔力が異常な出力値を叩き出す。瞬間的にその力が解放されたのだ。
「——《 メテオ 》」
世界最高位に位置する超広域破壊魔法。
本来ならば数十人の高位魔導師が儀式を経てようやく発動できるそれを、彼女は呼吸をするかのように、ほぼ無詠唱で唱えた。
一瞬にして、夜空の星々が掻き消える。
昼間のような照度。
天空の彼方から現れたのは、大気を真っ赤に焼き焦がしながら、圧倒的な質量で降り注ぐ巨大な隕石だった。
——ドォォンっ!!!
次の瞬間、爆音と共に大地が激しくえぐれ、夜闇を昼間のように照らし出す巨大な火柱が巻き上がった。
衝撃波が馬車を揺らし、教団が放とうとしていた闇の魔力ごと、すべてを消し飛ばしていく。
まさに一瞬。文字通りの殲滅だった。
煙が引いた後に残されていたのは、ただ巨大に穿たれたクレーターだけで、先ほどまでいた30人の術者たちは影も形も残っていない。
「嘘……一撃で、あんな……」
あまりの桁違いの強さに、リゼは杖を握ったまま完全に呆気にとられていた。これが、大賢者ユノと並び立つ『星の賢者』の本物の力。
「終わったわ」
フィオナは振り返ると、何事もなかったかのようにパタパタとドレスの埃を払い、いつもの美しい微笑みを浮かべて馬車へと戻ってくるのだった。




