第27話 いつか帰る学び舎
静まり返る深夜。
ユノが不穏な夢から目覚めて間もなく、リゼとユノの元に学長からの緊急の呼び出しがかかった。
二人が重厚な木扉を押し開けて学長室へと入ると、そこには見慣れた学長の姿のほかに、一人の見慣れない女性が佇んでいた。
その女性は、神秘的な銀髪をなびかせ、見た目は20代後半くらいの息を呑むほど美しい姿を保っていた。
「夜分遅くにすまないな、リゼ、ユノ」
学長が苦渋に満ちた表情で口を開く。
「彼女はワシと同じ師を持つ旧友、『星の賢者』フィオナだ。……事態は一刻を争う」
フィオナは星々が煌めくような深い青色の瞳をユノに向け、ふっと笑った。
「あら、ユノ。ずいぶん可愛い姿になったのね。昔を思い出すわ。これじゃあ大賢者も形無しね」
「フィオナお姉ちゃん……」
ユノはフィオナを知っているようだった。
(星の賢者。噂には聞いたことがあるけど、会うのは初めてだ。大賢者ユノに並ぶ賢者。その実力は言うまでもない。世界屈指の魔法使い。星詠み、すなわち、未来を占うことができる魔法使い。先生と、昔関わりがあったのね……)
フィオナは厳かに告げる。
「ユノ、あなたの懸念は正しいわ。史上最悪の『黒水の魔女』の封印が完全に解かれてしまった。すでに黒の教団の残党と結託し、この王都へと急速に接近している。ユノ、あなたを手中に収めるためにね。もう時間がないの」
学長は深くため息をつき、リゼを真っ直ぐに見つめた。
「黒水の魔女の狙いがユノであることはわかっておる。ワシはこの学校を預かる身として、千人を超える生徒を危険に晒すわけにはいかんのだ。……リゼ、お前の真意を改めて問いたい。お前はどうしたい?」
あまりにも突然の宣告だった。
学校にやってきてから、アリア、セシリア、エレーヌといった多くの人々と出会い、慌ただしくも楽しい講師としての生活が始まっていた。
平穏な日常が続くものだと思っていた。
しかし、それは都合のいい考えでしかなかった。
実のところ、この平穏な日常は、儚く脆いものの上に立っているに過ぎなかったのだ。
だが、リゼの決意は学長室を訪ねたその日から、変わっていなかった。
学長の含みおきなど、最初から問題ではなかったのだ。
リゼは一歩前へ出ると、背後にいる小さなユノを庇うように立ち、学長を毅然と見据えた。
「学長。私は、ユノ先生の唯一の弟子です。先生がどのような姿になろうとも、狙われる身になろうとも、私の答えは変わりません。——私はユノ先生と共に、この旅を最後まで続けます」
リゼの確固たる言葉に、ユノは驚いたように目を丸くし、それから嬉しそうにふっと微笑んだ。
「……よい目だ。やはりお前は、世界最強の魔法使い、ユノの弟子だな」
フィオナは満足そうに微笑むと、手にした星詠みの杖をトンと軽く鳴らした。
「学長が魔導馬車を手配してくれたわ。まずは、ここから4日ほどの場所にある隠れ屋敷を目指しましょう」
「皆さんに、挨拶もできないままなのは心苦しいですが……背に腹は代えられませんね」
リゼは小さく拳を握りしめ、お見納めるように学び舎を見回した。
「すまないな、二人とも。どうか、無事で」
学長の見送りの声を背に、リゼとユノ、そして新たな同行者となったフィオナの三人は、裏口から馬車へと乗り込んだ。
カタコトと、夜の静寂の中に馬車の車輪の音が響く。
窓の外を流れていく王都中央魔法学校のシルエットを見つめながら、ユノは心の中で、自分を慕ってくれた人々——アリア、セシリア、エレーヌ、そして少し方向性を間違えていたルカの顔を思い浮かべていた。
(みんな、黙っていなくなっちゃってごめんね。……でも、必ず元の姿に戻って、あの魔女を倒して、それからまたみんなに会いに行くから)
「先生。これからは、私がもっと先生を支えますからね」
隣に座るリゼが、ユノの小さな手をそっと両手で包み込む。その手の温もりに、ユノは頼もしさを感じていた。
黒水の魔女という史上最悪の脅威。そして、大賢者の本来の姿を取り戻すための、新たな旅路。
王都を離れ、夜明け前の暗闇の中へと三人を乗せた馬車は、力強く走り始めた。




