第24話 ルカ、やらかす
「何としても、この目で確かめなければ……!」
アリアの証言により、あの『ユウくん』が憧れの大賢者ユノ・クロウである可能性は、ルカの中で九割九分間違いないものとなっていた。
だが、確たる証拠——胸元の『光の紋章』を見るまでは引き下がれない。
ルカはユウくんに接触する機会を虎視眈々と狙っていた。
放課後の大図書館。
本棚の物陰に身を隠しながら、ルカは懐から取り出した自作の単眼鏡を覗き込んでいた。そのレンズの先には、黙々と本を読むユウくんの姿がある。
……しかし、秩序を重んじる神聖な大図書館において、物陰から少年を単眼鏡で凝視する男子学生の姿は、はたから見ればどう見ても完全なる不審者であった。
「……何かしら、あの不届き者は」
貸出カウンターの奥から、チーフ司書のエレーヌが氷のように冷たい視線をルカに注いでいた。
あまりに怪しい動きを見せるルカを、彼女はすでに要注意人物としてマークしていたのだった。
そんな周囲の視線を知る由もないルカは、単眼鏡の向こうの光景に息を呑む。
ユウくんが読んでいるのは、理論魔導学専攻の大学院生すら解読に数ヶ月を要する最高難度の古文書だ。
それを絵本でも読むかのようにスラスラと読み進めている。
(やはり、ただ者じゃない……! 間違いなく、ユノ大先生だ!)
やがて、ユウくんが本を閉じて席を立ち、大図書館の出口へと向かった。
しめた、とルカの目が光る。リゼ先生のいない今こそ、一人になった彼に接触する最大のチャンス。
ルカは音を立てずに、その後をピタリとつけ始めた。
図書館を出て、人気の少ない渡り廊下に差し掛かったところを見計らい、ルカはついに声をかけた。
「ユウくん!」
「ん? なぁに、お兄ちゃん?」
振り返ったユウくんは、怪しむ風もなく首を傾げる。
そのあまりの無垢さに一瞬罪悪感がよぎるが、ルカは意を決して、最も手っ取り早い手段——「脱いでもらう」ための提案を直球で投げかけた。
「あのさ、ユウくん。これから僕と一緒に、男子寮のお風呂に入りに行かないかい?」
「えー? ボク、女子寮しか入っちゃダメって言われてるし……」
ユウくんは困ったように眉を下げ、リゼから受けた教育を復唱し始める。
「それにね、リゼから知らない人には絶対について行っちゃダメって言われてるの。
男の人もそうだし、女の人も《《色んな意味で》》危険だから、絶対についていっちゃダメって。
特に、お風呂とか変な場所に誘ってくる人は悪い人だから、すぐに逃げなさいって言われてるもん」
「くっ……!」
リゼの防犯対策が完璧すぎて、ルカの胸に鋭いトゲが突き刺さる。
しかし、ここで諦めるわけにはいかない。
「そこをなんとか! 減るもんじゃなしに、ちょっと一緒にお風呂に入って、背中を流し合うだけでいいんだ!」
「う、ううん……リゼに怒られちゃうからダメだよ……」
普通に困り果てて後ずさりするユウくん。
だが、焦りから盲目的になっていたルカは、ついに最後の一線を越える暴挙に出た。
「だったら……だったら、ここでちょっとだけでいいから、服を脱いで見せてくれないか!?」
「えっ……!? そんなの、やだぁ……」
迫り来るルカのただならぬ気迫とバッキバキの充血した目に、8歳の子供としての本能が、こいつはガチのヤバいやつだと警鐘を鳴らしていた。
「お、お兄ちゃん怖いよ……! うえーーーん!! 誰か助けてーーーっ!!」
ついにユウくんが恐怖のあまり、大きな涙をボロボロとこぼし、大声で泣き出してしまった。
——その瞬間だった。
「「「キュピーーーーン!!」」」
渡り廊下の四方から、空間を引き裂くような凄まじい魔力が吹き荒れる。
「……そこまでです、ルカくん」
「我が校の生徒が、白昼堂々なんて破廉恥な真似をしてますの?」
「私の可愛いユウくんを泣かせるなんて、いい度胸じゃない」
冷気、そして威圧感。
ユウくんのピンチを察知し、まるで事前に伏兵を配置していたかのような神速で駆けつけたのは、リゼ、セシリア、そして大図書館からルカを追ってきたエレーヌの、三人のお姉さんだった。
「え……いや、これは……違っ! 誤解です!」
一瞬にして逃げ場を塞がれ、最強の包囲網の中心に立たされたルカは、顔を真っ青にして冷や汗を滝のように流した。
「ユウくん、怖かったですね。もう大丈夫ですよ」
リゼはすぐさまユウくんを抱き寄せ、その頭を優しく撫でる。だが、ルカを振り返ったその瞳には、かつてないほどの漆黒の怒りの炎が燃え盛っていた。
「ルカくん。私の個別指導を受けたいと言ったのは……こういう個人的な『趣味』のためのカモフラージュだったのですか?」
「違います! 僕はただ、ユノ大先生の——」
「言い訳は見苦しいですわ、ルカ」
セシリアが高級ローブの袖をはためかせ、冷たい笑みを浮かべる。
「高位魔法専攻の特特生ともあろう者が、年下の男の子を無理やり脱がせようとするなんて……あなた、覚悟はよろしくて?……一週間、演習場の『ダミアン君』の代わりやってもらいますわよ?」
「大図書館での不審な行動も、すべて把握しています。……さあ、じっくりと説明してもらいましょうか?」
エレーヌが眼鏡の奥の目を妖しく光らせる。
「あの、本当に違うんです! 僕はユノ大先生の、大賢者様の紋章を——!」
「言い訳は、あちらで聞きます」
リゼの笑顔が、もはや魔王のそれへと変わっていた。
その後、ルカは教官室の奥にある通称『説教部屋』へと連行され、怒り心頭のリゼ、セシリア、エレーヌの三人から、交代でみっちりと一時間、地獄のような責めを受け続けることになった。
「僕、本当にただのファンなんです……!」というルカの魂の叫びは、怒れるお姉さんたちには一切聞く耳をもってもらえないのであった。




