第18話 チーフ司書のエレーヌさん
22時の消灯直前。
女子寮のリゼの部屋で、ユノは最大の危機を迎えていた。
ベッドの端にちょこんと座るユノの前に、リゼが腕を組んで立っている。その笑顔は、昼間の優しい先生のものとは違い、どこか目が笑っていなかった。
「さて、先生。そろそろ白状してください。アリアさんといったい、何があったんですか?」
「う、うぐっ……!」
ユノは思わず枕を盾にして身を縮めた。
「アリアさん、あんなにしょんぼりして、お嫁に行けないなんて言っていて……。まさか先生、アリアさんのハプニング的な何かを、その、見てしまったのでは……?」
「だ、だってボク悪くないもん! 20時半に誰もいないと思って入ったら、お姉ちゃんが急にガバッて入ってきて、ボクもびっくりして——」
アリアに口止めされていたことを、ユノは勢いで綺麗にすべてぶちまけてしまった。
リゼは一瞬だけ呆気にとられたが、すぐに合点がいったように「なるほど、鉢合わせですか……」とため息をついた。
「子供の姿とはいえ、一応中身は大人の男性なのですから、次からは気をつけてくださいね? ……先生、アリアさんのこと、そんなにジーッと見たのですか?」
「み、見てない! すぐ湯桶で隠されちゃったし、ボクはあひるさんで遊んでただけだもん!」
必死に弁明するユノを見て、リゼはふっと表情を和らげ、ユノの頭を優しく撫でた。
「ふふ、分かりました。これ以上は追究しません。でも、女の子を泣かせたりしたらダメですよ?」
「うん……リゼ以外の女の子は泣かせない!」
天然で100点満点のセリフを返すユノに、リゼは再び顔を真っ赤にするのだった。
◇
翌日。
ユノは、自分の記憶と身体を元に戻す手がかりである『星の露雫』の情報を求めて、再び大図書館へと足を運んでいた。
「うーん……『星の露雫』、歴史書にも載ってないなぁ……」
小さな指で分厚い古代の古文書をめくっていると、ドササッと周囲の席に影が落ちた。
「ユウくん! 待ってたよ!」
「今日の古代語の課題、ここがどうしても翻訳できなくてさ……!」
「俺のレポートも見てくれ! 昨日のお礼に焼き菓子持ってきたから!」
昨日ユノに課題を助けてもらった基礎学部の男子学生たちが、味を占めて群がってきたのだ。
ユノは「わわっ、またいっぱい来た!」と目を丸くする。
「——そこまでよ、あなたたち。静粛にしなさい」
コツコツと厳しい足音と共に、黒髪を夜会巻きにした大人の色気を漂わせる女性——大図書館のチーフ司書であるエレーヌが歩み寄ってきた。
「ここは神聖な学びの場です。基礎学部の生徒の分際で、その小さな男の子に課題を丸投げするなんて言語道断。さあ、さっさと自分の席に戻って頭を悩ませなさい」
「ひ、ひえぇっ! エレーヌさん怒るとマジで怖い……っ!」
氷のように冷たい司書お姉さんの視線に射抜かれ、男子学生たちは一目散に散っていった。
「ふぅ……ごめんなさいね。迷惑だったでしょう?」
エレーヌはユノに向き直ると、先ほどの冷徹な態度から一転、聖母のような優しい微笑みを浮かべた。
「ううん、お姉ちゃんありがとう。ボク、お兄ちゃんたちのお手伝い、楽しかったから大丈夫だよ」
ユノはそう言って、にこりと人懐っこい笑顔を見せる。そして、エレーヌの目の前に開いていた本を差し出した。
「お姉ちゃん、この本の記述なんだけど、前後の文章が虫食いになってて読めないんだ。もしかしたら、『星の露雫』に関する記述かもしれないんだけど、これって、保管庫に複製本があったりするのかな?」
エレーヌはそのページを見て、美眸を見開いた。
「……驚いたわ。専門学部の最上級生でも難しいとされる特殊な古代魔導語を、あなた、普通に解読しているのね。それに『星の露雫』なんて、禁書庫の隠し分類にしかないような単語を調べてるなんて……」
エレーヌはユノの前にしゃがみ込み、その小さな手をそっと包み込んだ。
「可愛い上に、とっても聡明な男の子ね。いいわ、あなたのような熱心な読書家は、司書として大歓迎よ。特別に、一般の生徒には秘密の『奥の書庫』の資料、私が探して持ってきてあげる」
「本当!? お姉ちゃん大好き! ありがとう!」
ユノが嬉しさのあまりエレーヌの首に抱きつくと、エレーヌは「あらあら、可愛いこと」と顔をほころばせ、ユノの背中を優しくトントンと叩いた。
——そこへ、ちょうど講義が一段落し、ユノを迎えにきたリゼが、大図書館の入り口に姿を現した。
(……あ、あれ? 先生が、大人の綺麗な司書のお姉さんに抱きついている……!!?)
リゼの手から、講義用のプリントがパラパラと床に落ちる。
ユノの無自覚な「年上キラー」っぷりに、リゼの独占欲とジェラシーは、ついに限界を突破しようとしていた。




