第17話 リゼのご褒美タイム
17時30分。
午後のすべてのカリキュラムを終える鐘が鳴り響くと、それまでの厳格な雰囲気から一転、校内は開放感に満ちた生徒たちのざわめきに包まれた。
「——今日の演習はここまでです。皆さん、お疲れ様でした」
教壇で資料をまとめるリゼは、ほっと小さく息を吐いた。臨時講師としての二日目も無事に終了。
生徒たちとの距離も少しずつ縮まってきた実感があり、充実感を覚えていた。
だが、生徒たちが次々と演習場から退出していく中、相変わらず元気がなく、トボトボと最後尾を歩いているアリアの姿が目に入る。
「アリアさん」
「へひゃいっ!? は、はいっ、リゼ先生!」
背後から声をかけられ、アリアは今日何度目か分からない過剰な反応で直立不動になった。
「やっぱり、どこか体の具合が悪いのではないですか? 今日はずっと上の空でしたし……何か悩み事でもあるなら、私でよければ相談に乗りますよ?」
リゼが心底心配そうに覗き込むと、アリアの大きな瞳にじわりと涙が浮かんだ。
「せ、先生ぇ……っ。私、もうお嫁に行けないかもしれません……!」
「ええっ!? な、何があったのですか!?」
いきなり重すぎる告白をされ、リゼが慌てふためいていると、演習場の入り口から「リゼー!」と元気な声が響いた。
男子学生たちから報酬として貰った大量のクッキーの袋を大事そうに抱えたユノが、とてとてと駆け寄ってきたのだ。
「あ、ユウくん……っ!」
ユノの姿を見た瞬間、アリアは顔を真っ赤にして、まるで不審者を見るかのように激しく後ずさった。
ユノはそんなアリアを見て、昨日のお風呂場での約束を思い出し、口元に小さな人差し指を立ててにこりと微笑む。
「お姉ちゃん、約束通りボク、リゼには何も言ってないよ? だから元気出して!」
「わ、わわわ分かったからそれ以上喋るなぁぁーーーっっっ!!!」
アリアは頭を抱えて座り込んでしまった。
その様子を見て、リゼの女の勘がピピッと作動する。
(……待って。先生のあの仕草……アリアさんがお嫁に行けない……そして昨夜の大浴場からの断末魔……。まさか、先生……!?)
「ユウくん。あとで、お部屋でじっくりお話を聞かせてくださいね?」
リゼが引きつった笑顔でユノの肩に手を置くと、ユノはびくぅっ!と首をすくめた。
「オホホホ! 何だかそちら、随分と賑やかですわね!」
そこへ、夕日を浴びてさらに輝きを増した金髪をなびかせ、セシリアが通りかかった。
彼女は座り込むアリアと、笑顔が怖いリゼ、そして怯えるユノを見て、ふっと不敵に笑う。
「アリア、うちの戦闘魔導術のホープがそんなところで情けない顔をしないでくださる? リゼ、あなたも何をしてますの? 可愛い弟が怯えてますわよ? まったく、困った連中ですこと。
……まあちょうどいいですわ、今から学校前のカフェの新作スイーツを調査しに行くところでしたの。あなたたちも付いていらっしゃい!」
「えっ、セシリアとカフェですか?」
「ボク、タルト食べたーい!」
ユノがいち早く反応する。
「ふん、ユウくんには特別に奢ってあげますわよ」
セシリアは相変わらずツンとした態度だが、その実は寂しがり屋の彼女なりの誘い方だった。
「ほら、アリアも! 甘いものでも食べて、そのパッとしない顔をシャキッとなさい!」
「うぅ……はい、セシリア先生……」
こうして、リゼ、ユノ、アリア、セシリアという、何とも奇妙なメンバーでの『茶話会』が突如として開催される運びとなった。
◇
「——というわけで、この絶品イチゴタルト、レインヴェルト家の御用達に並ぶレベルと言っても過言ではありませんわ!」
王都の学生街にあるお洒落なカフェ。
夕暮れ時のテラス席で、セシリアはいつもの調子で熱弁を奮いながら、美しくデコレーションされたタルトを上品に口へ運んでいた。
その対面に座るリゼ、アリア、そしてユノの3人も、それぞれ目の前のスイーツに舌鼓を打っている。
「本当、すっごく美味しいです……。セシリア、お店を教えてくれてありがとうございます」
「ふ、ふん、別にリゼに感謝されたくて連れてきたわけじゃなくてよ? ただ、先輩教師としてのちょっとした労いですわ!」
セシリアはふいっと顔を背けるが、リゼが美味しそうに食べているのを見て、どこか満足げに口元を緩めている。
彼女のこういう素直じゃない優しさを、リゼも少しずつ微笑ましく思えるようになっていた。
「もぐもぐ……お姉ちゃん、このチョコケーキもすっごく美味しい! あ、お口にクリームついちゃった」
「あ、ユウくん。動いたら拭けないでしょう?」
口の周りをチョコだらけにしているユノに、リゼが苦笑しながらハンカチで優しく拭いてあげる。
その様子を、隣の席でパフェのチェリーをいじりながら、アリアがじーっと羨ましそうに見つめていた。
アリアは大浴場でのハプニングの動揺がまだ完全には抜けていないものの、ユノが「アリアお姉ちゃんも、パフェ美味しい?」と無邪気に笑いかけてくる姿を見て、なんだか気分が和らいできていた。
あんなにピュアな瞳で気遣われたら、怒るどころか、母性のようなものがくすぐられてしまう。
「ねえ、ユウくん。私のマカロンも一つ食べる?」
「いいの!? わーい、アリアお姉ちゃん大好き!」
「っ……! ま、まだ許したわけじゃ、ないからね……!」
顔を真っ赤にしながらユノにマカロンをあげるアリア。
その一連のやり取りを見ていたリゼの目が、すっと細められた。
記憶をなくした今の先生にとって、自分は唯一無二の特別な存在のはず。
それなのに、学校に来てからというもの、可愛いユノはどこに行ってもお姉さんたちに囲まれて大人気だ。
リゼのジェラシーがじわりと刺激された。
そのとき——
「ねえ、イチゴのタルトも一口食べたいな!」
「……え?」
リゼは不意を突かれたように声をあげてしまったが、ユノはリゼの方を向いて、「あーん」と口を開けている。
リゼは素早くユノの隣へ椅子ごと距離を詰め、イチゴのタルトを小さく切り分けると、ユノの口元へと運ぶ。
「はい、ユウくん」
「あーん……もぐ。……わぁ、こっちもおいひー」
ユノは幸せそうにイチゴのタルトを味わっている。
「僕のチョコレートケーキ、リゼにもあげる! あーんして?」
「は、はい」
今度はユノがリゼにケーキを切り分け、口に運ぶ。
(お、おいしいです。いろんな意味で……)
リゼは幸せを噛み締めながら、周囲のセシリアとアリアに向けて、勝負に勝ったような微笑みを浮かべた。
「何を勝ち誇ってますの?」
「ち、違います!」
「リゼ先生、顔赤い。……怪しい」
アリアもジト目でリゼを突きにくる。
カフェには、ひと時の楽しい笑い声が絶えなかった。
ユノにコロコロ転がされるリゼ。
そして、アリア、セシリア、図書館の女子たちと、次々ユノに落とされていくお姉さんたち。
次話、この学校で最も難攻不落とされるお姉さんが陥落することとなるのだが、このときのリゼは知る由もなかった。




