第14話 『光の紋章』
王都中央魔法学校の一般生徒たちの寮生活は、厳格なタイムスケジュールで管理されている。
演習後、18時からは夕食、19時から20時までは入浴時間、そして20時からの自由時間を経て、22時には一斉に消灯となる。
しかし、特例で女子寮への滞在が許されているユノ(見た目8歳)は、女子生徒たちの入浴が完全に終わった「20時以降」に大浴場を使用することが許可されていた。
時刻は20時30分。
誰もいない女子寮の大浴場。湯気で白く煙る広い湯船の中で、ユノは「ふぃ~」と小さく息を吐きながら、おもちゃのあひるを浮かべてご機嫌にお風呂に浸かっていた。
「あったかくて気持ちいいなぁ。……あ、あひるさん、待ってー」
その頃。
演習場でセシリア先生の猛特訓を受け、すっかり遅くなってしまったアリアは、ヘトヘトになりながら大浴場の脱衣所に駆け込んでいた。
「もうっ、セシリア先生。今日はやけに気合い入ってたな。マジで死ぬかと思ったわ……。あー、完全に20時過ぎちゃった。急いで入らないと……」
汗を流したい一心のアリアは、20時以降の「ユノ専用時間」のことをすっかり失念したまま、服を脱ぎ捨てて浴場への扉をガラリと開けた。
——そして、湯気の向こうで目が合った。
「あ……」
「あれ? お姉ちゃん、さっきの……」
湯船からひょっこり顔を出しているユノと、全裸のアリア。
数秒の、完全な沈黙。
「な……ななな、な、ななななっ……何でガキが女子風呂にいるのよぉぉぉーーーーーーっっっ!!!???」
演習場にまで響き渡りそうなアリアの悲鳴が炸裂した。
「わあぁっ! お姉ちゃん、声が大きいよ! あと、隠して隠して!」
「み、見るんじゃないわよーーーっ!!」
アリアは顔を真っ赤にして、手近にあった湯桶で前を隠しながら猛抗議する。
しかし、ユノは8歳の純粋無垢な子供。悪びれる風もなく、お湯をパシャパシャさせている。
「だってボク、20時からは入っていいよってリゼに言われたもん」
「あ……! そ、そういえば……っ」
アリアはそこでようやく事情を思い出し、恥ずかしさのあまり湯気のなかにしゃがみ込んだ。
そして、冷静さを取り戻したアリアは、むすっとした顔でユノを睨みつけた。
「もー、心臓が止まるかと思ったじゃない……。ちょっと、こっち見ないでよ? 私、端っこの方でサッと体洗って出るから!」
「うん、お姉ちゃん、遅くまでがんばって偉いね」
「う、うるさいわね……っ」
アリアがシャワーの前に座り、背中を向けて髪を洗い始める。
ユノは退屈そうに湯船から上がり、体を洗おうと鏡の前に向かった。
その時、アリアがふと鏡越しにユノの姿を見て、手を止めた。
「……? ねえ、ボク。それ、何?」
「え?」
アリアが指差したのは、ユノの左胸のあたりだった。
湯気で濡れたユノの白い肌の上で、淡く神秘的な光を放つ、複雑な幾何学模様のような『紋章』が浮かび上がっていたのだ。
「これ? うーん、気づいたらあったんだ。なんだか時々、ここがポカポカするんだよ」
ユノが小さな手で紋章を触る。
アリアの目が釘付けになった。
何かで見たことがあるような……いや、教科書に載っているどんな高位の魔法陣よりも、圧倒的に密度が高く、神聖な美しさをたたえている。
「それ……まさか、伝説の……?」
——それは『光の紋章』。
四精霊契約者の証。
その紋章を体に宿すのは、この大陸で大賢者ユノ・クロウだけである。
緑・赤・青・黄の四色が織りなす、煌びやかで艶やかな光。「光の三原色」と「色の三原色」を統合した、『元素の四原色』。
そこに複雑にして繊細な幾何学模様を呈する。
見る者の思考を奪うほどに美しい。
その紋章は『完成された美』といえる。
当然、アリアもその神秘の紋章を見たのは初めてであった。
(絶対普通じゃない。一体なんなの……? この子は……)
「お姉ちゃん、あんまりボクの体ジロジロ見ないで? 恥ずかしいよ……」
「バっ……!! ち、違うわよ! そういうことじゃないから! ……あーもう! 早く上がってぇ!?」
アリアはごまかすように、慌ててシャワーの音を大きくした。
——まさか目の前にいる可愛い少年が、「世界最強の大賢者」だとは、この時のアリアは知る由もなかった。
そして、精神世界。
「きゃあー! この学校、毎日ハプニング起きすぎ! また女子会企画しないと! あー忙しい忙しい」
シルフィが一人嬉しい悲鳴を上げていた。




