第11話 大図書館のアイドル
一方その頃。
リゼが学長室で究極的な選択を迫られるなか、ユノは王都中央魔法学校が誇る大図書館の中で、目をこれでもかと輝かせていた。
「わあぁ……! 本がいっぱい……!」
見上げるほどの高さがある本棚が幾重にも並び、何万冊もの魔導書が詰め込まれた空間は、まさに本の迷宮だ。
ユノは一冊の古びた、大人の顔ほどもある分厚い本を棚から引っ張り出した。
それは基礎学部の生徒はおろか、専門学部のエリートでも解読が難しいとされる古代語で書かれた歴史書だった。
(この古代語、全部知ってる……)
並んだ複雑な文字の意味が、水が染み込むように頭の中に流れ込んでくる。面白いようにスラスラと読めてしまう。
あまりの楽しさに時間を忘れ、ユノがすっかり本の世界に没頭していると——
「キャー! 見て見て、あの子超可愛くない!?」
「え、あんなちっちゃい子が真面目に本読んでるのヤバいんだけど!」
いつの間にか、周囲にいた女子生徒たちが、勉強をそっちのけにしてユノの周りに集まってきていた。
自分たちよりも遥かに小さい子供が、お行儀良く分厚い本を読んでいるそのギャップが、彼女たちのハートを完璧に射抜いてしまったらしい。
「ねえねえ、ボク。こんなところで何してるの?」
「もしかして迷子? お姉さんのお部屋に来る? お話聞こうか?」
「君、静かにご本読めて偉いね。 お菓子あげよっか! 美味しいクッキーあるよ?」
突然、大勢のお姉さんたちに囲まれ、ユノは顔を真っ赤にしてモジモジと身を縮めた。
「あ、あの……その……。図書館では、静かにした方がいいと思います……」
ユノが周囲を気遣って、蚊の泣くような声でぼそりと正論を呟く。
「えーっ! 真面目ー!」
「ウケる!」
「可愛い!」
「ねえ、お名前なんていうの!?」
かつて大賢者として別格のモテっぷりを誇っていたユノは、8歳になってもその天然の人たらしスキルを遺憾なく発揮し、なぜか女子生徒たちにモテモテになっていた。
「ぼ、ボク、もう行かなきゃ……! 失礼しますっ!」
ぐいぐいと迫るお姉さんたちの熱気にたじたじになったユノは、抱えていた本を慌てて棚に戻すと、脱兎のごとく大図書館を抜け出した。
「ふぅ……怖かったぁ……」
廊下に飛び出し、小さな胸をなでおろしたその時。
「……先生?」
聞き慣れた声に顔を上げると、そこには学長室からの帰り道らしきリゼが立っていた。
けれど、その表情はどこか暗く、ひどく悲しそうに歪んでいる。
「リゼ!」
ユノは嬉しそうに駆け寄ったが、リゼの様子がおかしいことにすぐ気づいた。
「……どうしたの、リゼ。元気ないよ? あのすっごく怖そうな先生に怒られちゃった?」
「いいえ、そんなことは……」
リゼは無理に笑おうとしたが、上手く口角が上がらない。
アルトリウス学長の言葉が、リゼの頭の中で重く鳴り響いていた。
自分と一緒に行けば、先生を危険な目に遭わせる。学校に置いていけば、先生の安全は保証されるけれど、二人の旅はここで終わってしまう。
そして何より、先生はもう二度と、元の姿には戻れないのかもしれないのだ。
リゼの瞳に、じわりと涙が浮かびかける。
そんなリゼの手を、ユノが両手でぎゅっと握りしめた。
「リゼ、あのね……ボク、さっき図書館で一人だったとき、すごく心細かったんだ。知らないお姉ちゃんたちがいっぱい来て、どうしていいか分からなくて……」
ユノは不安そうに、でも真っ直ぐな瞳でリゼを見上げた。
「ボク、本を読むのは大好きだけど、リゼがいないと寂しいよ。ボクにはリゼしかいないもん。だから……これからも、ずっとボクと一緒にいて?」
「先生……」
その純粋な言葉が、リゼの張り詰めそうになっていた心を優しく解きほぐしていく。
(……そうよね。先生は……記憶がなくても、こんな私を頼りにしてくれている)
永遠に時が止まっているなら、なおさらだ。学校に預けて、自分だけ安全なポストに就いて、それで本当に後悔しないのか。
先生をもとに戻す手がかり『星の露雫』を見つけると誓ったのは、他ならぬ自分ではないか。
「……はい。ごめんなさい、少し考え事をしていました」
リゼは涙をぐっとこらえ、いつもの凛とした笑顔を取り戻して、ユノの手を握り返した。
「約束します。私はずっと、先生と一緒にいますよ。……さて、明日からは私、この学校で臨時講師をすることになりました。先生も、私の授業を特等席で受けてもらいますからね?」
「えっ、リゼが先生になるの!? すごーい! ボク、一番前で応援する!」
無邪気に喜ぶユノを見て、リゼの心は少しだけ前を向いた。
学長への答えは、まだ出さない。けれど、この小さな手は離さない。それだけは迷わないとリゼは心に決めたのだった。




