明かされていく原因
「今後、また不安感を感じたらどう対処しますか?」
最後の産業医面談。
物腰は柔らかいが、内容は入社の面接のようだ。
「認知行動療法を活用し、感情をコントロールする事と、同僚や上司に悩み事をすぐに相談し、抱え込まないことです。(さっさと帰って薬飲んで寝るしかないだろ…。)」
私は復職に成功した。
仕事は順調だった。
求められたものはこなす。
うちの会社には時々面談がある。
『職場や業務上の課題は?』
何となく答えた案がウケてしまった。
私は業務改善プロジェクトの補佐役になった。
本来ならリーダーとして動くはずだが、病み上がりなのを上司が配慮してくれた。
私は関連部署へ説明する資料を作成する。
背景と問題点、対策、効果、依頼事項等。
簡素な作りだがストーリーは筋が通ってるはず。
上司と何度も意識合わせをして作り直し、資料が完成した。
上司は電話会議の場を用意し説明をしてくれた。
私は補足と質問対応がメインだった。
人事異動の季節、改善策が運用の段階に入ったところで上司は異動した。
新しい上司に引き継いだようだが、リーダーは私になった。
PDCAサイクルで言ったらまだD(do)の段階。
これから私が気付けなかった粗が出て改善に忙しくなる。
しかし後輩や同僚達が私の分の通常業務をサポートしてくれる。
ゆっくりとプロジェクトに取り組める。
どれぐらい経っただろうか。
提案した改善策は関連部署にとって"新しい業務"という認識から"習慣"に変わった。
ひと段落した。
達成感は自信に繋がった。
しかし何故だろう…胸騒ぎがする。
嫌な予感はじわじわと蝕んでいく。
気付けば眠れなくなっていた。
脳が永遠と活性化している。
薬という名の何重にも重ねたマスク。
自己肯定感という名の免疫。
恵まれた環境という名の無菌室。
相棒という名のワクチン。
完全防備の私の中に
どこからウィルスが入ってきた?
発生源は?原因は?
それよりも眠らなくては…明日も仕事だ…。
夜3時、お腹が空く。
私はヤケクソだった。
炊飯器のご飯全てを食べた。
冷蔵庫のコンビニスイーツを全て食べた。
血糖値が急上昇する。
眠気がやってくる。
その日は気絶するようにぐっすりと眠れた。
昼ごはんおなかいっぱい食べると午後眠くなる現象と同じ。
ドカ食い気絶部。
満腹になると睡魔が来てくれる。
これが過食の始まりだった。
私は毎晩食べた。
食べるとストレスも解消される。
目的は少しづつズレていく。
食べて寝る事から食べる事へ。
私は限界を超えて食べた。そして吐いた。
吐くと更に食べられるからだ。
通勤中コンビニで食べる。
帰路で食べる。
夕飯を食べる。
深夜にまた食べる。
死の生活習慣が始まった。
しばらくが経った、服が全て入らない。
脇腹全体に妊娠線のようなひび割れが起きている。
体重は怖くて測れなかった。
お風呂で鏡に映る姿は知らない人物だった。
(これは…誰?)
いつからか人前に出られなくなった。
会社も休みがちになった。
主治医から仕事は休んだ方がいいと告げられる。
上司に報告した。
会社に診断書も送った。
「申し訳ありません。今回は原因が分かりません。根本的な何かがあるのかもしれません。それを追求するためにも休暇をいただきたい…。」
主治医から発達障害の検査結果が出たことが告げられる。
同時にカウンセリングも勧められた。
検査のことなんてすっかり忘れていた。
いつやったか何をしたかもよく覚えていない。
てっきり心理テストのようなものだと思っていたが、内容は違った。覚えてる限り…
簡単な計算を時間内に1問でも多く解く。
お手本の図形に1番関連のある図形を4つから選ぶ。
それぐらいしか覚えていないが2時間程こんなテストを永遠と解かされた。
「先生、私が体調を崩した原因は分かりますか?」
主治医は検査の結果を取り出した。
「あなたはADHDとASDの傾向があります。
ADHDは多動性、衝動性、不注意の要素があります。ここまでで心当たりはありますか?」
私はハッとした。
僅かなミスで落ち込んだ不注意。
衝動的に食に走る衝動性。
「あります。」
カウンセラーは続けた。
「次にASDです。コミュニケーションが難しい。こだわりが強い。興味のあることへの関心が強い。」
こだわり…好きなことへの執着…
犬の勉強やトレーニング。
業務改善への取り組み。
どれも時間を忘れて周りが見えなくなっていた。
しかし、私は診断結果を受け入れなかった。
「で、でも!そんなの個性じゃないですか!ADHDでも多動性はないし、ASDでもコミュニケーションは誰よりも取れる自信があります!」
「全ての要素がない人もいます。個性と言えるのは生活に支障が起きないレベルの人で、体調に響くレベルは2次症状が起きてる可能性が高いです。」
「二次症状……?」
「知らないうちに無理をして燃え尽きる。いわゆる燃え尽き症候群。衝動性から来る食べ吐き。それよりも深刻なのはこだわりの強さです。」
次々と明かされていく原因。
そしてこだわりの強さ。
私のこだわり…自分に負けないこと…
1.趣味をたくさん持つ。
2.それを高める。
3.他者と比べず自分と競う。
4.数値化されたものを指標にする。
5.やり過ぎない。
私の中の精神的安定を保つ5原則。
1はリスク分散
2は自己肯定感の向上
3は1人でも成長の熱意を絶やさない
4は目標を明確化
5は体力の温存と依存を避ける
創作だろうとスポーツだろうと娯楽だろうと必ず、上位互換が存在する。
しかしそこそこのレベルの趣味をたくさん持てばどうだろうか?
プロ野球選手や有名作家やゲーマーが私の領域に到達できるだろうか?
野球しかしてない人間が、数百人を超える会社の人間の習慣を変えるほどの業務改善が思いつくだろうか?
小説だけ書いてた人間に私を超える犬のトレーニングが出来るか?
ゲームのプロがそのゲームのサービスが終了したら?
次回作で戦略や常識が通用しなくなったら?
全ての分野はポッと現れた新人が上位互換で自分の存在はすぐに忘れられる。それも現れるのは歳下がほとんどだろう。
それに環境、ブーム、流行、常識、ルール、あらゆるものを突然変えていくのは人間だ。
そんなことにいちいち左右されるのは御免だった。
1つの分野で負けたなら土俵を変えればいい。
私には無数の土俵がある強みがある。
私は誰にも負けない。
ひとつを極めるのではなく浅く広く趣味を持ち、技術や知識は平均を超えプロではなくエリートレベルで抑えること。
しかし、そんな私のライバルがいる。
"自分"だ。
自分は全ての分野で引き分けに持ち込むライバルだ。
私は自分に勝つことに執着した。
他人の意見、成績なんでどうでもいい。
きっかけは分からないが
8年近くこの価値観を持ち続けていた。
私の価値観を聞いて医師はこう診断した。
「成長依存性です。」
的を得ていた。
無限のように娯楽が溢れる現代。
自分と楽しく励まし合いながら
ストレス発散するはずが
自分は命をかけたライバルと化し
睡眠時間、健康寿命を削りながら
"ある程度"まで成長する事に依存していた。
どれだけマスクや免疫や環境が整っていても、ウィルスは自分が発生させていた。
病原体は外からではなく脳からだった。
身から出たウィルスと表現するのが正しいのか。
ならどうしたらいい?
この思考の根源は?
鬱が先なのか?発達障害が先なのか?
この思考も病気なのか?
私はこの先どうやって生きればいいのか?
永遠と湧き出る疑問は言語化できなかった。




