生きた精神安定剤
精神科ツアーの終点、発達障害の検査。
9ヶ月待ちの大人気コンテンツだった。
ここまで辿り着くまで目まぐるしく病院、診断、薬が変わっていた。
しかしそれだけでなく生活面も変わっていた。
家の購入と愛犬のお迎え。
時系列は全く覚えていない。
自分の事で周りが何も見えていなかった。
ただ、しっかり覚えているのは愛犬の事。
私は動物が好きで将来必ずこの犬種を飼う夢があった。
小さすぎず、大きすぎず、王道過ぎず、マイナー過ぎない。
元気な反面、噛みグセ、吠えグセ、リードの引っ張りグセなど、問題行動に気をつけなくてはいけない。
そんな問題行動は絶対に起こさせない自信があった。
愛犬は家族として迎える。
つまり人と共に生きる。
なら人のルールを教える。
それが飼い主の義務であり
共存関係だと考えていた。
私はあらゆる本やネットで生態、性格、ルールなどを学んだ。
しつけに関してはドッグトレーナーの資格、検定をいくつも取った。
あらゆる娯楽が無に感じるようになってから犬の知識に関しては貪欲だった。
学んでる間は時間も現実を忘れられた。
しかし、学べば学ぶほど現実がやってくる。
(お金…子供…部屋と庭の広さ…)
今の稼ぎで一生養えるのか?
もし子供ができたら?
運動させるには狭すぎるのでは?
(無理だ……飼えない……)
何かがプツンと切れた。
それからはよく覚えていない。
ある日突然私は泣き喚いたらしい。
「うちじゃ飼えないんだ!!無理だよ!!もう犬なんていらない!!見たくもない!!絶対に飼わない…!!」
目からは光が消え、会話も上の空。
何も感じない。
それからは何も覚えていない。
気が付いたら車に乗せられていた。
気が付いたら"子犬の彼"が膝の上に乗せられた。
「え……?」
目から光が戻った。
即決のお迎えだった。
ケージ、ドッグフード、トイレ、トイレシート、そしてキャリーに入った新しい家族。
大荷物を抱え、フードコートでちゃんぽんを食べながら名前を考える。
どれもしっくり来ない。
名前が決まったのは数日後だった。
1週間はケージから出さないようにとショップの店員さんからアドバイスがあった。
私はこっそりケージから出して抱き抱えた。
1日数回、時間を決めて抱き抱え撫でた。
心が浄化される。落ち着く。精神が安定する。
精神が安定?
なら飲んでいる精神安定剤の名前からとるか。
そんな理由で名前は決まった。
生きた精神安定剤。そんな想いを込めて。
しつけはすぐに始めた。
トイレトレーニングなどの生活。
アイコンタクト、オスワリ、マテ、ヨシ、フセ、オイデなどのしつけの基礎 。
数分を一日に数セット行う。
食事の時間は動画で雷、サイレン、他犬の鳴き声、インターホンなど、あらゆる音への慣らしをした。
問題行動の対処も冷静に行った。
楽しく遊ぶ。
手に噛み付いたらすぐに遊びを辞める。
これを繰り返す。
イタズラ対策は、極限まで行動範囲にものを置かない。
実際は地獄のようだった。
子犬の歯は鋭く痛い、何度も噛みつかれ、家具は破壊され、トイレの失敗で巨大なラグを洗濯する日々。
行動範囲を広げるために即席でスツールとソファで壁を作っていく。
更に広げるためにドッグゲート(置くだけの柵)で部屋は真っ二つになった。
まるで人間が動物園の動物側にいるようなレイアウト。
更にサラサラの自然な木材を使ったフローリングが売りだった我が家は、彼の関節に配慮しフロアマットで埋め尽くされた。
日々大工事だった。
しつけは焦らず根気よく少しずつ。
分かりきっていたが、上手くいかない日々が続くと私のメンタルに影響が出始めた。
無駄吠えが続く…。
私は遂に怒鳴り声を上げてしまった。
「うるさいんだよ!!黙れ!!」
机を力任せに叩く。
怒鳴り声と机を叩く音が家中に響き渡り、自分でもビビってしまった。
私はハッとした。何をしてるんだ…。
涙が溢れてしまった。
「ごめんなさい…、ごめんなさい……!!」
机を叩いた手は赤く腫れている。
私は部屋の隅で自責の念に苛まれうずくまる。
すると愛犬は私の膝の上に乗り、顔を舐め続けた。
私は後悔だけでなく嬉しさや申し訳なさなど様々な感情が押し寄せ、涙が止まらなかった。
私は彼が満足するまで遊んだ。
大好きなおもちゃを投げては取ってくる。
次の日もまた次の日も。
本来は「もっと遊びたい」といい塩梅で人間が終わらせるのが理想だ。
彼は誇らしげにおもちゃを持ってくるが
私はある程度遊んだら
「もうおしまい!」
と言って遊ぶのを辞めていた。
お散歩訓練を始めて世界は変わった。
ワクチンの接種が終わるまで抱っこで散歩して外の世界にならす訓練だ。
こんなに鳥が飛んでいたんだ
雑草の中にも花が咲いている
太陽が部屋の照明よりも眩しい
すれ違う自転車は少し怖かった
私が抱き抱えてる彼も
同じことを思ってるかもしれない。
通院以外で外に出たのは久しぶりすぎて
全ての世界が新鮮に見えた。
私はたくさん彼と外の世界を共有した。
そして、お散歩デビュー。
朝と夜30分~1時間。
夜はとても暗かったが寝室の闇よりも明るい。
ある夜の散歩中、彼は拾い食いをした。
こんな時のために口に入れたものを離させるコマンドを教えてある。
「ハナシテ」
手を差し伸べ、口から出されたのは
強大なイモムシだった。
私は声にならない叫びをあげつつも
イモムシを逃がした。
彼は何故か誇ったような顔に見えた。
私のSNSは犬で溢れかえった。
時々見かける謎の言葉があった。
(虹組?)
調べると亡くなった愛犬は虹の橋を渡る。
そして犬の楽園で楽しく暮らす。
そんな死生観が犬界隈ではあるらしい。
愛犬はその虹の橋のふもとで飼い主を待つ。
私はふーん。としか思わなかった。
死後の世界なんて誰も知るわけが無い。
希死念慮(死にたいという気持ち)に襲われた時
私は死ぬとどこに行くのか調べたことがある。
諸説ありすぎる。バカバカしかった。
自殺するとその場で永遠と残り続ける?
それは誰が管理する。逃げないか誰が監視する。期限は。2人以上巻き込んだ心中の場合は。ヒジャブを纏い、南無阿弥陀仏を唱えながら、十字架を握り、神に祈りを捧げながらトラックに引かれても同じか。自分で死ぬ意思があったかどうか誰がどこで線引きをする。死にたいと思ってたら殺人事件に巻き込まれたら自殺に当たるのか。
どこにも答えは載っていない。
誰も答えられる人もいない。
むしろ誰かに聞くほどヤバいやつと思われる。
そして『あなたをどんな罪からも救います。』変な広告が出るようになる。
しかし、1つの答えが見つかった。
自死は現世に残る。
愛犬は虹の橋で待っている。
つまりもし彼が亡くなったら
間違いなく私を待ち続けるだろう。
私が迎えに行かなくてはいけない。
私は希死念慮に襲われた時、
このことを思い出すようにして乗り越えられるようになった。
そして、そんな日々の中少しずつ私に変化が起きる。
身だしなみが整ってきている。
伸びきった爪と髪は整えられ
服は私服を着ている。
ドッグランへ行き、人と会話もできる。
しかしドッグランは犬仲間を作るのが目的ではない。
犬慣れと指示を通す訓練の一環でもあった。
もちろんおやつは使えない。
私の中での最後の試練だった。
どんな状況でも指示が通るようになった。
確かな自信を胸に私は試験に挑んだ。
本来ドッグトレーナーを生業としてる人達が集まる会場。
目的は本物を見ること。
弱みと強みを把握すること。
(どうせボーダーコリーばっかりだろう)
この偏見は完全に覆された。
あらゆる犬種がぴったりと左足について顔を見ながら指定のルートを歩く。
試験官の合図で走る、ゆっくり歩く、止まる。
愛玩犬だろうと、狩猟犬だろうと、大型犬だろうと小型犬だろうと、ネットで見たしつけが難しいランキング1位の犬種もコントロールしている。
(一体どれだけの訓練をしたんだ…!?)
どのわんちゃんも飼い主も楽しそうだった。
(これが本物のドッグトレーナー達…)
私の番が来た。
オドオドして何度も試験内容を確認してしまう。
他の競技者とは劣るがそこそこ善戦した。
順調に思えたその時、試験官に止められた。
リードをロングリードに付け替える場面だった。
リードを付け替える時は最初のリードを付けたまま足で抑え、新しいリードをつけなくてはいけない。
つまり、リードのついてない状態にさせてはいけない。
私は既設のリードを外してノーリード状態にさせてしまった。
これが1発不合格の要因となった。
私は言葉を失った。
犬ではなく私の行動も見られてた…?
リードの付け替え方なんて勉強したことない…。
結果は不合格だが、そこに悔しさや劣等感は一切無く、目からウロコ、本物のトレーナー達とイキイキした可愛いわんちゃん達を見ることができた嬉しさと興奮と尊敬で溢れていた。
井の中の蛙が大海を知った瞬間だ。
フィードバックが紙で渡された。
『基礎はしっかり出来ています。全項目のトレーニングもしっかりこなせています。あとは楽しく!飼い主さんの緊張はリードを伝ってわんちゃんにも伝わってしまいます。深呼吸して落ち着いてトレーニングに励んでください!』
私は顔が綻ぶ。
合格には至らなかったがプロに褒められた。
私はフィードバックシートを相棒に見せ誇らしげに語りかける。
「私たちいいコンビだってさ!見て見て!褒めてもらった!」
相棒は全く興味がない。むしろ迷惑そう。
相棒は溜息をつきながらベッドに寝る。
その表情は
(もうおしまい!)
と訴えかけてくるように見えた。




