魔界の問題にキスは必要ないと思うので再び正拳突きで沈めたった
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「魔王の使命は、魔界を富ませることだ」
廊下で長話もなんだし、と連れてこられたのは、オズワルドの第二執務室だった。
「メインの仕事は第一でやるんだが、セキュリティが厳重すぎてオレしか入れないからな」
と言っていたから、まあそう言うものなんだろうって思うことにして、話の続きを促す。補足するように、アシュヒトさんが話し出した。
「魔界には魔素があります。人間のほとんどがこの魔素を分解しきれず死に至る、人間にとっての猛毒です。これこそがこの世界の始まりから魔界が人間にとって不毛であり、決して踏み入れることができない未到の地であった理由です」
だが、とオズワルドは言葉を引き取って続けた。
「だが、その魔素が力の源となり、魔族は人よりはるかに強力な魔法が行使できる。体に循環する魔素による、無尽蔵の魔力と、無詠唱の魔法。息をするように火を放ち、ものを凍らせ、突風を吹かせ、雷を落とす」
その辺りについては、ユウリエの記憶の中にも基礎知識としてあった。
人間は魔素でなく、精霊の力を借り受ける形で魔法を行使する。だから勝手が全然違う。
ユウリエはこの結婚話が出る前までは、自分の魔法に自信を持っていた。けれど魔族のそれはあきらかに次元が違う。だから勝てないと理解できてしまった。諦めるしかないって、思うことにしたんだろう。
「しかしこの魔素も、決して無限のものではありません。世界を支える元素である上に、年を経るごとに枯渇していく」
アシュヒトさんがいうには、魔族はこの魔素が宿った魔界の万物から自然発生するものだという。アシュヒトさんも、先代魔王を制して玉座を得たオズワルドですらそうだった。しかし魔素が枯渇すれば、そうして新たな魔族が生まれることもできなくなる。
「先代が勇者に斃されたのは、この魔素の枯渇が原因だった。勇者とはいえ、魔界の魔素が潤沢にある場合、魔素の毒を中和することは不可能だったはずだからな」
そうなの? と聞き返すと、はい、とアシュヒトさんが頷く。
「妃殿下の父、賢者カリオンが開発した、魔素を中和する結界が働いたのもありますが、世界の開闢以来、人間が突破できなかった魔素の壁は、あの当時ほぼゼロの状態にまで減っておりましたので」
「そこまで魔素を枯渇させたのは、花嫁を見つけられなかった先代の責任だ。故にオレは、当代の魔王として、この魔界に再び魔素の潤沢な恵みをもたらさねばならん」
魔素。魔界を支える力であり、あって当たり前のもの。人間にとっては毒になるもの。そして、それは枯渇していく。
自分の執務机について、オズワルドは両肘をつき指を組む。
「魔素の枯渇が止まる時と、増える時には条件があります」
「枯渇の停止は新王の即位。そして、花嫁が来ることで魔素は増える」
魔王の王妃――《花嫁》と呼ばれる存在は、魔界には生まれない。必ず人間界にいる。
歴代魔王はさまざまな手段をもちいて、花嫁探しを行なった。
そして、オズワルドにはユウリエが見出され、嫁に来た。
「なーんだ、じゃ、これから増えるんじゃない?」
そう、今日あたしはユウリエとしてオズワルドに嫁いだわけで、しかも正妻としての輿入れだ。嫁が来たなら条件は満たすことになる。はずじゃないの?
オズワルドとアシュヒトさんは顔を見合わせ、それから不可解だ、と言わんばかりに首を傾げる。
「そのはず、なんだが」
「なぜか、魔素の検出量に変動がないのです」
「結果に即効性求めすぎなんじゃないの?」
いえ、とどこからともなく取り出した資料をめくりながら、アシュヒトさんが首を横に振る。
「陛下がご即位あそばされた時も、先々代の魔王様が花嫁様と婚姻契約を結ばれた時も、すぐさま魔素枯渇の停止と回復が認められており……」
もしかして、とアシュヒトさんが額に手をやって、言いにくそうに呟く。
「……学者連中は、妃殿下が誓いのキスを拒絶されたのが原因では、と……」
がたん、とオズワルドが立ち上がった。
「よし、キスだ。」
「待たんかワレェ」
こっちに迫ってこようとするワイルドイケメンに、思わず後ずさった。
「なんでだ! しないと魔界が滅びる!」
「キス一発で救われる世界ならあたしもそうするわい!」
「だったらしろ! オレとキス!」
「ちょっと待ちなさい、おちつ……んんっ」
抵抗は無駄だった。気づいたら唇が重なっていた。
唇を押し当てて1秒、2秒……。
「――ぷは、アシュヒト!」
「ダメです魔素増えません!」
「あたしのファーストキス返せぇぇぇぇ!!!!」
絶叫と共にあたしはオズワルドを再び殴り倒した。




