旦那が追ってきたので文化の違いと結婚論について語った
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すぐさま頭を下げて口を閉ざすアシュヒトさん。ほんとコイツ、今あたしと顔合わせたらケンカになるってわかってたから席外したのに、何考えてるんだか。
「なに、なんか用事でもあるわけ?」
「あ……いや、その」
ため息と共に振り返れば、しかし、意外な反応。
「妻たるオマエが知りたいのなら、夫たるオレが説明するのが筋だろうと思って……だな」
「……席外して結構経つし、何ならさっきから階段降って階も変わってんだけど、あんたなんであたしが魔界の常識学ぼうとしてるの知ってるわけ?」
「それは魔王城がオレの意思に直結しているから、知ろうと思えばいくらでも」
はー、なるほど??
あえて席外したあたしとアシュヒトさんの会話が気になっちゃったと。
「……それであたしとアシュヒトさんの会話を盗み聞きしてたわけだ?」
「…………」
……ダンマリかよ。
「……恐れながら妃殿下」
ぼそ、とアシュヒトさんが呟く。
「殿下はいま、何に、お怒りで……?」
「——」
すっと、怒りが冷えた。
そうか、そうよね。コイツは、そしてアシュヒトさんも、魔界で生まれ育って、人間が普通盗み聞きを嫌がるなんてこと思いもしないんだ。
ここで一言あたしが「盗み聞きしてんじゃないわよ気持ち悪いわね」とでも言えば、それでさっきの一喝を思い出してオズワルドも黙るかもしれない。だけどそれじゃ、あたしはオズワルドにとっての「味方」じゃなくなる。
あたしは未来しか知らないし、魔界の常識もわかってない。
それであたしの怒りを押し付ければ、あたしはさっきのオズワルドと同じことをすることになる。
未来は変わらないかもしれない。
それでも——あの、誰にも届かなかった「どうして」だけは、繰り返させたくない。
誰も寄り添わなかったなら、あたしがやる。
ユウリエには、「その先」を見せてあげたい。
本当は迎えるはずだった結婚生活が、努力と工夫と、味方の有無でこれだけマシになんのよって。
もし未来が変わらないとしても、あたしは最後、首を刎ねられるその瞬間まで、「うちの旦那に手ェ出してんじゃないわよ!」って怒鳴り続ける妻でいてやる。
ここについては本物のユウリエが何を思っていようが、知ったことじゃないわ。
「……わかった。あたしも色々わかんないところある。教えて欲しいから説明してくれる?
でもその前に、さっきあんたの前からなんであたしが消えたのかの説明もさせてね」
「な、なんだ」
ようやくちょっと威厳を取り戻そうとしているオズワルドに、カツカツ、とつま先を鳴らして、腕を組んでひと睨み。
「怒ってんのも疲れるのよ」
「……は……?」
「あんだけ啖呵切ってんのよ? あんたへの信頼はゼロどころかマイナス」
何か言いかけて、オズワルドは口を閉ざした。それがさっきの一喝を警戒しているからなのかどうかは、今のあたしにはわからない。わからないことは放っておいて、そのまま続けるに限る。
「でもね、そもそもうまくいくかどうかもわかんないのに、簡単にはいサヨナラってできないのが結婚生活。文化も生き方も考え方も違う者同士で家族作る最小単位が夫婦よ。お互いの覚悟と、アンガーマネジメントは必須でしょ?」
「……あん、が……?」
なんですかそれ、という顔をしているオズワルドに、ため息をついて説明する。
「アンガーマネジメント。怒りを無遠慮に相手にぶつけてないで、上手に制御する術を身につけないと早々に破綻するわよ、この結婚」
「……あ……」
何かに気づいたような顔でこちらを見るオズワルド。そう、別にコイツ、頭悪いわけじゃないのだ。説明されれば理解する。別の文化を教われば納得し受容する。そういう男だと、短期間で理解はできた。
「あたしにおれろ、オレのいうとおりにしろっていうなら、あたしはさっきみたいな抵抗の仕方をするわ。重なれば、その分あたしは疲弊する。怒るのって疲れるのよ、さっき言ったように。そのうち疲れが限界に達すれば、あんた巻き込んで世界滅ぼすレベルまで壊れるかもね。それが望みならいいわ。好きなだけあたしに当たり散らせばいい。もっとも、今際の際に、もう結婚なんて二度とするかってレベルで後悔することになるでしょうけど——お互いにね」
オズワルドは黙り込んだ。
——たぶん、何か本気で考えている顔だった。




