旦那が新婚早々モラハラしようとしたので竹刀で説教したった
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あたしの名前は、「ユウリエ」というらしい。
名前と共に思い出したのは近い将来、あたしは魔王を倒しにやってきた勇者に、夫たる魔王諸共殺害されるということ。
そしてその後も数100年、誰1人として生まれた女の子の名前に「ユウリエ」とつけたがらないレベルの「稀代の大悪女」、ルクラディック王国最大の汚点として歴史に刻み込まれるのだ。
未来を思い出してる時点で色々おかしいところはあるけど、もっとおかしいことがある。
――あたしは「ユウリエ」では、ない。
正確にはユウリエに転生した30代後半の日本人女性。名前は冴庭ユウコだ。
……そう、これはいわゆる異世界転生もの。ありがちよねーあーヤダヤダ。もうじき40になろうっていうのに、何が悲しくてこんな目に遭ってるんだか。
そんなわけで、あたしは結婚式の契約のキスを前に、ユウリエが悪女としてみんなから憎まれる死を迎えることも、ぶっちゃけあたしがユウリエの肉体に転生した部外者の異邦人ってことも思い出しちゃったわけだ。
そりゃね、するでしょ、そんな状況でキスなんかされそうになったら。抵抗。
まあ、おかげで結婚式は中断、後の披露宴パーティーも中止になって、あたしは旦那になる男と2人、彼の寝所でこうして険悪ムードを漂わせているわけなんだけど。
「なんでオレ、花嫁に鼻を折られてるんだろうな……」
遠い目で赤くなった鼻の上に冷却魔法を当てている金髪赤目のワイルドイケメン。彼こそがオズワルド。ユウリエの旦那になる魔王だ。
「だから悪かったって言ってんじゃない。初対面の男の顔が目前に迫ったら誰だって出るでしょ、手くらい」
魔王だってんなら嫁の拳くらいかわすか防ぐかしなさいよね。
「オレにむかってその態度とは……反省しているようには見えんな」
うろんげに言うオズワルドに、あたしは鼻を鳴らす。
「謝罪入れた当初は反省したわよ、当初はね。でもあんたの嫌味これで何度目? みんなの目の前で嫁の拳かわせずに正面から鼻を折られたのが悔しいからって、いつまでもネチネチネチネチ……いい加減怒りも湧こうってもんでしょ」
「……」
黙り込んでしまったところを見ると、どうやら気にしてはいるらしい。
「とはいえ、お前はもうオレに嫁した身だ。オレを立て、オレの言うことに従え」
「断る」
即答すると、オズワルドは目を剥いた。
「オマエ……オレはオマエの旦那様だぞ!」
「ダンナサマって自分で言ってんじゃないわよ。て言うかさっきからのやりとり通じて自分があたしに好意を持ってもらえる要素ちょっとでもあった? 胸に手を当ててよぉく考えてみな?」
沈黙し、大真面目に胸に手を当てて考えるオズワルド。バカの子かしら。
ややあってオズワルドは少しだけ心配そうに問いかけてきた。
「少しばかりその、オマエに不信感を抱かれる要素があったかもしれないが……?」
「あれで《少しばかり》で済むレベルだと思ってんの?」
と、オズワルドはふと嫌な笑みを浮かべた。
「オマエ、忘れたわけではないだろうな?
オマエが抵抗し、オレの怒りを買った場合、オマエの家も家族も、国も。全て叩き潰すぞ。オレにはその力がある」
……みなさん。人がキレる音を聞いたことがあるだろうか。
オズワルドの側近さんは今この瞬間について、のちにあたしに向かってこう語った。
「世界の終わりが来たのかと思いました」——と。
「……おい、ちょっとそこ座れ」
表情もなくそう命じると、カチンと来たのかこちらを睨みつけ——そのまま凍りつくオズワルドの姿。
「座れつってんだろうがッ!!」
いつのまにかにぎっていた竹刀で床を思い切り叩く。スパァァァン、と高い音がした。
その音にビクッと肩をすくめて、やがてオズワルドはノロノロと床に座る。体操座りで。
「アンタ、言ったわね。自分は夫で、だからあたしはアンタを立てるべきだって」
「……えっと」
「返事は!?」
「い、いった!言いました!」
よろしい。
「それはあたしに、アンタの生きてきた時間やその間に関わったもの、世界、そういうものを尊重してくれって言ったってことよ。これから結婚するんだから、こっちの生き方を全否定しないで受け入れてね、何かあったらこっちの方針を優先してねって言ったってことよ」
「う、うん」
「なのに何? 自分は尊重して欲しいけど、嫁の実家は尊重する価値なしって? アンタの目の前にいるこの女はね、そのアンタが価値なしつった家と世界の出身なのよ。しかも? 気に入らなかったら? 滅ぼす?」
「えっと……」
「妻に愛してもらえない自分のクソデカ態度を軽々棚の裏に放り込んでおいて、嫁の実家に当たり散らしてんじゃないわよッ!!!」
パァァァァァン!!!
「……ひぃ」
のけぞったあと静かに悲鳴をあげたオズワルドに、あたしは宣言する。
「あたしはこの世界で孤立無縁。だからせめてアンタくらい、あたしの味方でいてくれないと困るの。あたしの口から《うちの旦那はいいやつ》って言わせてみせな。そしたら——あたしもアンタが死ぬかあたしが死ぬかするまで、アンタの味方でいてあげる」
怒鳴って落ち着きを取り戻したあたしの手からは、知らないうちに竹刀がなくなっていた。ため息をついて、踵を返す。
「結婚式で突然殴ったりして悪かったわね。鼻、お大事に」
オズワルドは黙り込んで俯いている。まあ、こちらも返事を聞く気はないし、ずっと怒り続けているのも疲れるものだ。こちらと目を合わせてきたメガネのっぽさんが、深く頷いて礼をしてきたのを合図に、あたしはオズワルドの寝所を出た。




