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目が覚めたらワイルドイケメンがキスしようとしていたので正拳突きで黙らせたった

 女は命乞いをしていた。

 足元に転がる夫を蹴り飛ばしながら、勇者に向かって。


「助けて、助けてくれるのでしょう、勇者様!」


 何も悪くない。

 そう思っていた。思い込もうとしていた。


 望まぬ結婚だった。

 相手は魔王。異種族。愛も何もない。

 父に差し出され、逃げ場もなく、ただ生き延びたかっただけなのに。


「――魔女め」


 その一言で、全部が崩れた。


「人でありながら魔王と共に世界を滅ぼそうとした悪女め」

「違う、わたしは――!」


 否定は届かない。誰も聞いていない。


 振り上げられる聖剣。

 眩しい光。


 どうして。


 それだけが、最後に残った。


「どうして――!!」


 ――次の瞬間。


「魔王陛下! さあ美しき花嫁に契約の口づけを!」

「うむ」

「うむじゃねぇ誰の許可で人様の唇狙ってんだぁぁぁぁ!!?」


 反射だった。


 気づいたら拳が出てた。

 野生み溢れるイケメンの鼻に、正面から。


 めしゃぁ、って音がした。

 あらなかなかいい音。


「……は?」


 静まり返る会場。

 司会も、参列者も、全員フリーズ。


 殴られた男――多分、今の流れ的に魔王――は、鼻を押さえてこちらを見ている。


「……オマエ、今……」

「いや待って無理無理無理無理」


 あたしは一歩引いた。状況を整理するために。


 まず服。知らないドレス。

 場所。豪華すぎる広間。

 周り。明らかに人外混じり。


 そして目の前の男。


 金髪赤目の、どう見ても“魔王です”って顔したイケメン。


「……あー、はい。はいはいはい」


 理解した。


「転生か」


 最悪のタイミングで思い出したわねこれ。


 頭の中に流れ込んでくる記憶。

 名前はユウリエ。賢者の娘。

 そして――魔王の花嫁。


 ……ついでに未来も知ってる。


 このあとあたし、勇者に夫ごと殺されて、歴史に残る大悪女になるらしい。


「いやふざけんな」


 思わず口から出た。


「……オマエ」


 鼻を押さえたまま、魔王が低く唸る。


「オレに拳を入れたな」

「入れたわね」

「オレは魔王だぞ」

「知るか」


 即答した。


「初対面でキスとか頭おかしいでしょ。文化どうなってんのよ」

「夫婦だ」

「今初対面だが???」

「契約は成立している」

「してねぇよあたしの同意どこいった」


 ああもう、なるほどね。だいたい理解した。


 つまりこれ――


 逃げ場なしの政略結婚+異文化衝突+未来死亡確定コース


 ……は?


「やってられるか」


 深く息を吐いて、魔王を睨む。


「一個だけ言っとく」

「なんだ」

「あたし、あんたの言いなりになる気ゼロだから」


 会場がざわついた。

 知らん。知ったことか。


「は?」

「聞こえなかった? もう一回言う?」


 にっこり笑ってやる。


「その結婚、あたしは“普通に”やる気ないわ」


 魔王の眉がぴくりと動く。


 怒り? 威圧?

 知らん知らん。


「ただし」


 一歩踏み込む。


「どうせ逃げられないなら、こっちも好きにやる」


 指を突きつける。


「理不尽押し付けるなら殴るし、納得できなきゃ従わない」


 それから、わざとゆっくり言った。


「――あたし、鬼嫁やるから」


 沈黙。

 誰も何も言えない中で。

 鼻を押さえた魔王だけが、ぽつりと呟いた。


「……鬼、とはなんだ」


 あたしはもう一度にっこりと笑い——その瞬間目の前の鼻が折れたイケメンがびくぅ、って震えたのはみなかったことにして——返す。


「今から身をもって知ることになるわよ」

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