トマの日記~エチエンヌ・その3
秋が姿を消そうとしていた。
冬が足元に忍び寄り、僕の家は一層、寒々としていた。用意されている食事をとってから、
暖房をいれてみても、暖炉に火をいれてみても、寒々しさは一向に消えていかない。
そして、問題は部屋の温度じゃないと気づいた。
その夜は一晩中、ある計画ばかり考えた。
そして次の日、学校から大急ぎで戻り、腹ごしらえを済ますと、自転車に飛び乗った。
道は車の中からみていたから、だいたいの見当はついた。
でも、時々迷ったりして、到着したころには暗くなってしまった。
エティエンヌの家も、明かりがついていなかった。
「まだ、仕事から帰ってないんだな。」
と思ったので、彼の帰りを玄関前の三段の石段に座って待つことにした。
そして、空を見上げてみた。今日は星が見えなかった。
しばらくすると、この冬最初の雪がゆっくりと暗い空から落ちてきた。
石段に座っているのは少し辛くなってきたが、舞い落ちる雪の美しさにうっとりした。
僕の足元に落ちる雪は、すぐに解けていく。庭の木々にも落ちていく。
落ちては消え、落ちては消え。落ちては消えていく。
そんな様子をみつめながら、いつのまにか眠ってしまったようだった。
どれぐらい時間がたったのかわからなかったけど、とにかく、誰かに顔をひっぱたかれて
目が覚めた。
エティエンヌだった。
凄い剣幕で僕の名前を呼び、何度もひっぱたいた。僕はなんとか腕でその手を防ごうとしたが
うまく体が動かなかった。
やがて、僕はエティエンヌに抱きかかえられ、居間の暖炉の前に連れて行かれた。
部屋を暖める器具の音がして、まもなく彼は、毛布を持ってきて僕をくるみ、暖炉に火をいれた。
なんだかずいぶんと慌てているようだったが、時間を聞かされて納得した。
雪はあれからどんどん激しくふりだしていて、僕は雪に囲まれて寝込んでいたんだ。
「どうしてそう考え無しなんだ?今日はどうしてもほっておけない患者の往診にいって
たんだ。なんとか落ち着いてくれたから戻ってきたんだが、そうでなかったら、君は明日の
朝まで雪まみれだったんだよ。」
「ごめんなさい。でも・・・。でもね、どうしても、もう一度会いたかったんだ。」
エティエンヌは、心臓に銃でも突き付けられたような顔をした。そして、
「無茶な子だ。」と呟くようにいった。
そして、奥のキッチンにいき、温めたミルクを持ってきてくれた。
それを僕に手渡すと、毛布の上から抱きしめてくれた。
「誤解のないように頼むよ。早く君を暖めてやりたいだけだからね。」
「誤解したいな。それに、今なら、氷の心臓がとりだせるよ。」
「あいにくだが、私はそんなものには興味はないよ。」
エティエンヌはそういうと、より強く僕の体を抱きしめてくれた。僕はミルクをこぼさない
ように気をつけながら、ちょうど僕の右目の上あたりにある彼の顎をみつめた。
細い繊細そうな顎の線にうっすら無精ひげがみえた。
彼の腕は長くて、僕を毛布ごとすっぽり抱え込んでくれていた。彼の体の暖かみがゆっくり
と僕に沁み込んできた。外は雪が降り続き、僕たち二人は暖炉の前でただ黙って火をみつめ
ていた。素晴らしい時間だった。
冬休みに入る直前に、ヴァンサンから連絡があった。
ママの両親の所でクリスマスを迎えろっていうんだ。
絶対にいやだ。といってやった。だいたい、ママはどうなってるんだ?
あの雪の日以来、僕は週末はエティエンヌの所に出かける事にしていた。彼の家の驚くほど
の蔵書に興味があるから、読ませてほしいって頼んだんだ。
エティエンヌは、なんとなく不安そうな面もちで、しばらく僕の顔をみつめていたが、
やがて驚いたことに、家の鍵を貸してくれた。
「この前みたいな事になったら困るからね。」といって。
だから、どうしても、ここから離れたくなかったんだ。
それに、ママとママの両親は、ほとんど絶縁状態だった。ママの奔放さをママの両親は許せ
なかったらしい。
僕が産まれてから、ママは唯一の味方だったママの祖父を頼った。
そして、彼の古美術の商いを手伝いながら、僕を育てた。その祖父が亡くなると、ママは彼の
財産と仕事を受け継いだ。
この家もそうだ。
僕はエティエンヌにそんな事情を話し、一緒にクリスマスを過ごしてほしい。と頼んでみた。
予想どうり、彼は渋った。
でも、彼もクリスマスは一人で過ごすらしい、というのは、事前にチェック済みだったから、
押しの一手で成功した。
ヴァンサンには、友達の家で過ごせることになったから、心配しないで、と連絡しておいた。
ヴァンサンは心配そうだったが、ママのことを聞かれるのが怖いのか、あっさり承諾した。
それにしても、ママはいったいどうなってるんだ?まったく!
そして、ついに!クリスマスが来た!




