トマの日記~ドミニク・その4
ドミニクとの待ち合わせ場所に、僕はいかなかった。
ドミニクがどんな顔をして待ちぼうけをくらってたんだろうと思うと、胸が痛んだ。
でもそのたびに
「僕の胸の奥だって痛んでたんだよ。」
と、ひとりごとをいいながら、一週間過ぎた。
学校の門を出る時、ひょっとしたらドミニクが来てるかもしれない。と妙な期待を抱いて
は、裏切られ、ほっとしてるのか、がっかりしてるのか、なんだか言いようのない気分に
さいなまれた。
ママが不在の間、夕食は、ヴァンサンとだ。
ヴァンサンは美術学校で教師をしてる。僕の様子をうかがいながら学校であったイザコザ
や、僕の将来なんかを聞いてきたりする。
ヴァンサンには悪いけど、僕のアタマの中は違う事で大騒ぎになってる。
「大丈夫か?」
と、ヴァンサン。
「大丈夫だよ。どうして?」
「上の空だからだよ。あの話、ショックだった?」
「別に。話してくれて嬉しかったよ。ずっと、ぼくのパパは誰だろうと思ってたから。」
ヴァンサンは心配げな表情に無理やり笑顔を作ろうとして、顔の上半分と下半分が別人
みたいにみえた。
「ママ、いつまで雲隠れしてるつもりだろう。心配じゃないの?ヴァンサンは。」
「心配だよ。でも、どうする事もできないさ。クロエは空のように自由気ままさ。」
この前の話では、ママは蝶だっていってたな。今度は空か。
ママは、蝶のようにひらひらと生きていたらしい。
ヴァンサンとは美術学校の同級生で、親友だった。
恋人になりそこねたんだろうか。と、あの時、ふっと頭をよぎったが、尋ねるチャンス
を逃した。
美術学校時代、ママとヴァンサンは仲間数人とギリシャ旅行にでかけた。
そこでママはギリシャの少年と恋におちた。
いつもの事だとみんな思ってたけど、今までとは様子が違うことにやがて、みなが気づく
事になる。
旅程を終えて帰路につかなくてはいけなくなった日、ママは、ギリシャに残ると言い出した。
仲間の説得にも応じず、頑として意思を変えなかった。
しかたなく、ヴァンサンたちは、心配ではあったが、ママを残して帰国した。
しばらくして、ママは美術学校もやめてしまった。
一年ほどたって、ママがギリシャから戻ったことを知ったヴァンサンがママを訪ねてみると、
ママは蒼ざめて、ほとんどベッドでねたきりだったらしい。
「クロエは、ギリシャで海に飛び込んで死のうとしたんだよ。」
そうヴァンサンは僕にいいにくそうに、話してくれた。
幸い、すぐに助けられてギリシャの病院に入院したんだ。落ち着いてから、ママの両親がつれて
帰ってきたんだけど、その時、僕がおなかの中にいたらしい。
死人のようなママが、そのからだに命を宿しているのがヴァンサンには驚きだったそうだ。
しかも、それを聞かされたママはみるみる回復していったらしい。
さらに、僕を出産したママは僕を見て、
「彼にそっくりだわ!」
と、大喜びしたという。そのこともヴァンサンには驚きだったそうだ。
「トマ、君がクロエを救ったんだよ。」
と、ヴァンサン。
「何があったの?ギリシャで。」
「わからない。クロエは何も話さなかったんだ。情熱がいつも恋人たちを幸せにするとは
限らないんだよ。トマ」
でも、僕としてはパパの事がしりたかった。
「クロエのいうように、君はあの子にそっくりだよ。黒い巻き毛と黒い瞳。」
「ローマ皇帝に愛された少年みたいに?」
「そうだよ}
ママはよくそういって僕の巻き毛をくしゃくしゃにしてキスしてくれた。
そんなことを思い出していたんだ。ずっと、ここ一週間、
と、ヴァンサンには言えなかった。
ヴァンサンも黙ってしまって、なんとなく気づまりになった。で、つい、
なんととなく聞いてみた。
「このあいだ、話してくれたことと、今回、何か関係あると思う?」
ヴァンサンは少し、躊躇したようだったが、ポツリと言葉に出した。
「怯えてたよ。」
「怯えてた?ドミニクはそんな人じゃないよ。」
「そうだね。」
「じゃあ!」
「どうしてだか。わからないよ。トマ。何もわからないんだ。」
わからない。わからない。わからない。僕は何度も心の中で繰り返した。
ドミニクも空を見上げて呟いただろうか、とふっと思った。
わからない。わからない。わからない・・・・・って。




