トマの日記~ロマン・その5
その別荘内の至る所にある鏡は迷宮のような錯覚をおこす。どこをみても僕がいるし、
三人がそれぞれ何をしているかもわかる。なんのためにこんなに鏡をここの持ち主はおいて
いるんだろう。その部屋も鏡だらけだった。僕は部屋の中央にあるテーブルで日記を書いていた。
鏡を通してロマンが腕立て伏せをしてるのがみえた。素晴らしい脹脛の形に釘づけになる。
あの島での秘密の遊びはもはや僕達の日課となっていた。
そして、そこでの彼との秘密の関係が彼のからだの動きとともに思い出された。
彼の指。彼の脚、彼の胸、背中の筋肉。唇と僕をみつめる目。
そんな事を考えながら、僕はロマンのトレーニングの様子をじっとみつめていたようだった。
ふと気づくと、鏡の隅に見たことのない怖い目をしたエティエンヌが僕を見ているのが
映っていた。
思わず振り返ると、彼は僕の視線を避けるように部屋をでていった。
知ってるんだ、と思った。
もう見抜かれてるって。
凍り付いた。
このあいだの後ろめたさが蘇ってきて不安が僕の中で大きな塊になっていく。
追いかけて彼の部屋にいくと、また本を読みだしていた。僕が後ろにきたのに身じろぎも
しない。
ただうろたえて何をいえばいいかもわからなかったけど、急き立てられるように
「エティエンヌ・・・もう明日から僕、泳ぎにいくのやめようと思ってるんだ。」
と、なんとかそういったけど、彼は振り返りもしない。
何事も起こっていないかのようにページをめくった。
「もう泳ぎいにいきたくないって思ってる。」
僕が一人でつったって彼の返事をまっているのに、彼は相変わらず知らん顔だった。
ほんの何秒かのお互いの沈黙が僕を苛立たせた。
「どうして泳ぎにいきたくないんだ?って聞かないの?」
苛立ちがとうとう僕から噴き出していくように大声でそういってしまっていた。
「どうして聞いて欲しいんだ?」
エティエンヌがようやく本から目を放し逆に聞いてきた。
僕は不意打ちをくらって、何もいえなくて立ちすくんでいると、
「泳ぐのはいいことだよ。」
とだけいい、また本を読み始めた。僕はなんだかひどく傷ついた。
そして、エティエンヌに怒りさえ覚えている自分に驚いて、その事が僕の目に涙となって
滲みだしてきた。涙があふれて、そのことにまた僕は驚きますます混乱して、つい叫んで
しまった。
「どうして行くなっていわないんだよ!本、読むのやめて!僕をちゃんと見てよ!
知ってるんだろ!知ってるくせに!もう知ってるんだ!」
その声でロマンが飛び込んできた。
「なんだ?トマ?どうしたんだ?」
そういうと僕が泣いているのに気付いて抱きしめてくれた。
「もう、いいから。こっちにこいよ。」
そういって僕をそこから連れ出そうとするのにエティエンヌは全く無関心な風情だった。
その姿をみると益々、涙があふれてきてどうする事もできなくなった。
「まったく、トマはほんとに『ねんね』だな。」
ロマンは僕の頭を彼の肩にのせ、背中をさすってくれながら耳元で囁いた。そして、さらに
「でも、背は伸びたな。」
という。僕は泣きながらその台詞にふきだした。
「そうそう、その調子だよ。トマ。今夜から僕の部屋で寝なよ。」
そういって僕の首筋にキスをしてくれたけど僕はロマンから体を放し、
「もう帰りたい。」といった。
ロマンは僕の願いを聞き入れてくれた。そして、
「なあ、トマ。帰ったら一緒にアフリカにいってみないか?」
と真顔でいう。
「ずっとおまえと一緒にいたい。おまえにハート、持っていかれた。」とも。
でも、僕はエティエンヌのことで頭がいっぱいだった。
『エティエンヌは冷酷だよ』
という以前のロマンの言葉が何度も脳裏をかすめていった。
だけど・・・と僕は思っていた。そう、だけど、
「だけど、僕はエティエンヌを愛してるんだ。彼はどうなのか知らないけど。」
それだけいって、そこら中の鏡でエティエンヌを探したけどどこにもいなかった。
帰った後もぎくしゃくした感じは変わることもなく、エティエンヌは完全に自分の殻
に閉じこもってしまったようだった。診療所へいったきり戻るのは真夜中だったり僕
を避けてるようだった。
僕はエティエンヌに無視され続け、その隙間をロマンが埋めてくれた。でも、彼のベッド
で眠るのは拒否した。リビングの長椅子で横になって日を過ごした。
もうどうしていいのかほんとにわからなくなって、混乱して夜もあまり眠れなくなった。




