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トマの日記  作者: かとう 花
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14/17

アンジェリク・その1 

 休日の夕食に久しぶりに三人が揃ってテーブルについた。

ロマンが上機嫌でつまらない話をしたり、僕の首にちょっかいをだしては一人で笑っていた。

僕はそのたびにその手を振り払わなければならなかった。そしていきなりロマンが

「エティエンヌ、僕達はアフリカに行くよ。」といった。

「僕はいかないっていったよ!勝手に決めないでよ。」

とロマンをにらみつけて反論した。

「いや、行くさ!」

「行かない!」

「行く。」

「行かない!!」

そんな事を言い合っていると、大きく、人の心まで打ち砕くような音で食器たちが割れ、折角

の夕食がちらばっていた。エティエンヌがテーブルの夕食をいきなりひっくり返したんだ。

僕もロマンもあっけにとられて彼を見た。

「もういい加減にしてくれないかね?ロマン。私は静かに暮らしたいんだ。」

ロマンが皮肉っぽい笑みを浮かべて立ち上がると、

「そうかい。わかったよ。トマ、エティエンヌの許しがでたぞ。行こう。」

といって僕の腕をつかんだ。僕はその腕を振り払い、

「行かない!僕は行かない!!」と叫んだ。

そういっても、ロマンは引き下がろうとしないので僕とロマンがもみ合っていると

突然、エティエンヌが怒り狂ったように壁にかけてあるロマンの絵をそこら中に

ぶつけて壊し始めた。

ロマンも真っ赤になって飛んでいき、エティエンヌから絵を引き離し、彼を殴りつけ

た。よろけて倒れ込んだエティエンヌはそれでも立ち上がり、ロマンに向かって拳を

あげようとする。ロマンがそんなエティエンヌの頬を平手で打つとまた、彼がよろけて

倒れてしまった。

僕が慌ててエティエンヌの所にいくと、ロマンが僕の腕をつかんでひきずってつれだそうとする。

また僕とロマンのもみ合いが始まる。


エティエンヌが叫んだ。

「もう出て行ってくれ!二人ともだ!」と。


その言葉でこの部屋が冷たく静かになった。

ロマンが一番に現実にもどった。そして、

「ほら、いくぞ、トマ。」という。

僕は目の前のエティエンヌがゆがんでみえた。涙のせいでゆがんでみえてた。

立ち尽くす僕をロマンがひっぱっていき、彼の車の助手席に押し込み、自分は運転席に座って

エンジンをかけ、車を出そうとした瞬間に僕は車から飛び降り夜の町に走った。

ロマンが大声で僕の名を叫んでいるのが聞こえたけど、僕は決して振りかえらなかった。

喚き、泣きたい気持ちを押さえつけ全速力で走り続けた。

でも、涙だけは止めることができなかった。

僕は暗い夜を泣きながら、滅茶苦茶に、投げやりに走りつづけた。



 明け方、ようやく自分の家に辿り着くと、家の前にロマンの車が止まっていた。

仕方がないので、またぶらぶらと歩いて時間を稼ぐことにした。

あてもなく、ただやみくもに一日中歩きつづけ、また夜がきた。

疲れと空腹で気を失いそうになったので、細い路地のさらに脇道に入り、物陰をみつけて

その場にへたりこんだ。そして遠くで人々の喧騒に聞き耳を立てながら、闇をみつめていた。


いつのまにか眠ってしまっていたようで、騒がしい声で目がさめた。

背が高く体格もいい男性が不良グループの少年たちに囲まれているのがわかった。

少年たちにからかわれているというのに、その男性は反論もせず、ただ彼らから逃れよう

としていた。少年達は口ぐちに彼を変態だの怪物だのとひどい事をいっている。

それでも彼は相手になろうとしない。そのうちに少年達がよってたかって彼を足蹴にしたり

数の力で彼を抑え込み暴力を振るおうとし始めた。

それでも、彼はただその場から逃れようとするだけなので、僕はみかねて少年達の後ろから

彼らの足を蹴り飛ばしながら、真ん中でもがいている男性の腕をつかみ、いっきに少年達

の輪からひっぱりだし、二人して全力疾走で逃げた。

少年達もふいをつかれて、もたついていたが、やがて口ぐちに悪態をつきながら僕達を追い

かけてきた。僕は走るのも得意だったけど、僕が手をひっぱって逃走している内に立場が

逆転して、いつのまにか、僕が助けてもらってる側のようになっていた。

彼は、その長身と体格の良さで僕よりずっと早く走れていたんだ。

僕は飲まず食わずで一日逃亡し続けていたせいで、だんだんと彼の速度についていけなくなり、

意識がどんどん薄れていった。そして、気づいたら誰かのベッドに寝かされていた。

そのベッドの脇にはあの男性が座っていた。


「あの・・・。僕・・・。ここは?」としかいえなかった。

「あたしの家よ。そしてあたしのベッド。」

「ごめんなさい。」といって、起き上がろうとすると、

「いいから、横になってなさいな。走ってるうちにに気を失うなんて。あんた、いったい

何してきたの?服もひどく汚れていたわよ。」

僕は、ピンクのパジャマを着せられていた。彼のだろうか、と思った。手も足もパジャマ

の中から出せそうになかったから。

「ごめんなさい。」

「あやまってばかりね。おうちはどこなの?家出でもしてきたの?」

「そういうわけじゃないんです。でも。家には帰れない理由があって。」

「とんだ子にあたしも助けてもらったもんだわ。スープ作っといたわ。少し飲む?」


彼の名前はアンジェリクというらしい。凄い体格とのぶとい声なのに喋り方は女のようだ。

僕にスープをのませてくれる手つきも、その太く大きな手に似合わないほどしなやかだ。


彼は、いや彼女というべきなんだろうか?とにかくアンジャリクはピアニストとして

シンガーとして、自分のバーの舞台に立っているらしい。その帰りにあの少年達に絡まれた

という。

「あのあたりは危険だからいつもは通らないんだけどね、友達の家に寄道をしたから、遅く

なって、あそこ、少し近道になるから通ったのよ。そしたら、案の定。おまけにとんだお土産

まで拾ったわ。」

といいながら、僕の口にドンドン、スープを放り込んでいく。

「早くよくなって、おうちに帰りなさい。きっとママもパパも心配してるわよ。」

ぼくは、スープを飲み込みながら、

「ママもパパもいません。」

というとやっと口にねじ込まれるスプーンが止まった。

「家にも帰れないし、どうしていいかわからなくてあそこで寝込んでいたんです。」

「そうなの。」

「あの・・・。僕、あなたのお店で雇ってもらえませんか?なんでもしますから。」

というと、アンジェリクは思案顔で僕をみつめていた。

「友達とやってるのよ。そこ。経営はほとんど彼まかせだからね・・・。相談しとくわ。」

そう言い終わるやまたスプーンが僕の口をこじあけた。


やがて、具合もよくなった頃、僕はその店で働けることになった。

その共同経営者のイヴは恰幅のいい小柄な紳士だった。

アンジェリクの元恋人だという。でも、今では、別に恋人がいてその人と暮らしている

らしい。けれども、二人はまるで兄弟のように、いやそれ以上にお互いを理解しあって

いるようにみえた。

「不思議かね?私達の関係が。」

とイヴが僕にきいた。

「少し。でも、素敵な関係だと思います。」

「十年愛し合い、そのうちの半分は喧嘩してた。そして、この十年、私達は二人で生きて

いく新しい方法をみつけたんだ。この店を手にいれて、アンジェリクのための舞台をつくった。

私は、彼のピアノと歌を心から愛しているからね。」


確かに、アンジェリクのピアノは極上でその極上のピアノにのせて歌われる彼の野太い

声が、聞くものを別世界へと連れ去る。悲しい曲でも、楽しい曲でも彼は彼にしかできない

世界を紡ぎ出し魅了する。店は彼のそんな魅力にひかれるファンでいつもいっぱいだった。


僕も店の皿洗いやウェイターをしながら耳に届くアンジェリクの不思議な世界に魅了

されていった。そして、彼のその体格には不似合いなぐらいの優しい心とたたずまいにも。


明け方、店が終わると、二人でアンジェリクの家に戻る。彼は僕に部屋を用意してくれた。

「昔、イヴがいた部屋よ。今はもぬけのから。」

と、いいながらその部屋を僕のために整えてくれた。


彼は、まだいヴに思いを残しているのだろうか、と思う事があった。もしそうなら、辛い

はずなのに、彼は、イヴといる時もいたって自然だ。

そんなふうに何日か僕は穏やかな日常を過ごすことができていた。


朝もやの中、ようやく帰り着いた僕達の前に彼が現れるまで・・・。


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