トマの日記~ロマン・その3
次の日、ぼんやりと窓から空を眺めていると、爆音をさせて走ってくるバイクが玄関先
に止まるのが見えた。ヘルメットをとって僕を見上げた顔をみて驚いた。
ロマンだ。
彼は端正な日焼けした顔を僕の方へむけ、にやけながら手をふった。そして、
「降りてこいよ。暇なんだろう?ツーリングに行こう!」
という。
僕は、不機嫌そうに窓をしめて無視して奥へひっこもうとすると、小石を窓ガラスに何度
もあててくる。
僕は窓辺に引き返し、窓を乱暴にあけて怒鳴ってやった。
「子供みたいな真似するなよ!」
「ああ!僕も君と同じ、『ねんね』だよ!あそぼうぜ!楽しいぞ!」
と悪びれるふうもなく、本当に屈託のない笑顔をむけて手招きをする。
彼の横には大きくてピカピカした立派なバイクがあった。
ああいうのに乗ってみたかったんだだろ?って僕の中で誰かが囁いた。僕は顔がなんとなく
ゆるんでいく自分を恥じた。
すると、またロマンがバイクにまたがりヘルメットをつけて、
「早く降りてこいよ!」という。
僕は、その声と同時に玄関フロアへ駆け下り、扉を開くと彼がもう一つのヘルメットを
僕に投げてきた。うまく受け取ることができてホッとすると、
「いいぞ。トマ!それをつけてさっさと乗れよ。」
という。
僕は慌ててヘルメットをつけて、ロマンの後ろに乗った。
「しっかり、僕の腰につかまってろよ。でないとふりおとされるぞ!」
そういうなり、エンジンをふかして僕達をのせたバイクは疾走し始めた。
本当にしっかりロマンの腰につかまっていないと振り落とされそうだったので、僕は彼の腰に
しがみついた。
ティーシャツの向こうにあるロマンの体躯は鍛えられた筋肉で熱を放射していた。僕の貧弱
な体もしがみついてるだけで熱くなっていく。
広くて、肩甲骨の形がはっきりとわかる鍛え抜かれた背中。細く引き締まったウエスト。
僕はそんな背中と固い腹筋に心奪われていた。
かなりロマンはぶっとばしたのであっという間に、海辺についた。
砂浜に降りていき、ひとしきり遊んだ。
子供の頃、父とも兄ともつかないママの恋人達とそうしたように、ただただ、じゃれあって、
時間がすぎていった。
そうこうしているうちに、ロマンが僕を砂浜へ押し倒し無理やりキスをしようとする。
僕は、両腕で彼の逞しい胸を押しのけて彼から体を引き離した。
すると、また僕を捕まえようとするので、僕達は砂浜で転がりまわった。
以前にもあったなと、ふと思った。
ママの恋人とこんなふうによくじゃれあって、捕まえられたとき、相手の体の熱を
体中で感じるのが好きだった。
散々、走りまわって一息つくことになった。近くの小さな店に入り少し遅めの昼食だ。
「どうして僕を誘ったの?今日、エティエンヌはどうしたの?」
僕は注文を終えるなりロマンに質問を開始した。
「仕事に出かけたよ。なんだか容体の悪い人から連絡が入ったらしい。」
「エティエンヌとはいつ知り合ったの?あの家にはあなたの絵ばかり飾ってあるね。
三年前に何があったの?ルドルフって誰?エティエンヌとは一度別れたんだよね。」
と矢継ぎ早に質問していると、ロマンが僕の口をふさいだ。
「僕がまだ、売り出したばかりの画家のたまごだった頃だよ。質問攻めは終わりだ。
とにかく昼飯にしよう。」という。
仕方がないので、しばらく黙っていることにした。
「美術学校をでて、いくつかのコンクールで賞をとったりできるようになった頃、仲間
とグループ展をしようという事になった。そのギャラリーの近くにエティエンヌの診療所
があって、よく寄ってくれてたんだ。いつも同じ絵の前で立ち止まって眺めてた。
ほら、玄関にあるあの赤い花の絵だよ。僕の絵は暗いってみんなから言われてた。
なんか怖いって。特にあの絵はね。それなのに、エティエンヌは毎日のように来てあの絵
をみつめてた。だから、声をかけたんだ。
ひとめで僕達は恋に落ちたのがわかった。
エティエンヌは当惑してたけど。それ以上に僕達はお互いに魅かれあった。
夕食を共にするようになったよ。いつも絵の話ばっかりだったけどね。楽しかった。
いつもなら、もうとっくにベッドインのはずなのに、なかなか僕達の関係は進展しなかった。
彼は結婚してたんだ。だから、僕に対する気持ちに整理がつかなくて困ってるようだった。
別れ際に僕がキスをしようとすると、眉を寄せて拒否するんだぜ。
でも、ある日、僕はひどく胃が痛んで、しかも彼はなぜかその日、顔を出さなかった。
僕は、思い切って彼の診療所へいってみた。彼は仕事を終えて帰ろうしているところだった。
僕は、まあホントに具合が悪かったんだけど、彼に抱きついて
『助けて、具合が悪いんだ。エティエンヌ』
と耳元で囁いた。彼は僕を診察室の寝台に横にならせて、シャツを引き上げ、腹を手で
押さえていた。僕はその手をつかんで下腹部へと導いてあげたんだ。
彼だってほしかったはずのものさ!
その時僕たちは一線を越えたんだ。やっとものにできたんだ!あっというまに
彼は僕に夢中になって、次々と僕の絵を買ってくれたよ。もちろん、僕もホントに
夢中になった。楽しかった。あんなに楽しかった日々はなかったよ。」
「それで、奥さんはどうしたの?」
「彼って意外と冷酷なんだ。僕への気持ちでどうかしちゃったのかな?彼の奥さんに
僕とのことを打ち明けたんだぜ?そして離婚した。彼女も大学教授だったからね。
さばけてたのかな。それにしても、10代から付き合って、30年近くも一緒にいた
んだぜ?びっくりしたよ。そこまで僕に夢中になってくれてたのは嬉しかったけどね。」
『情熱がいつも人を幸せにするとは限らないんだよ。』
いつだったかヴァンサンが僕に呟いたことを思い出した。
エティエンヌは後悔しているのだろうか。ロマンのためにすべてを捨てたこと。
時折みせるエティエンヌの暗い表情はこのことに関係があるんだろうか。
そして、いきなり海風に日傘をゆらしながら海のはてを凝視しているママの姿が蘇った。
僕は、何だか混乱してきて、ロマンに帰りたいと申し出た。
なんだかんだと時間を引き延ばそうとするので、僕が一人で戻るというと、
「こんなところからどうやって帰る気なんだ?」という。
「平気さ。どうにだってなる。」
といって、さっさと歩きだすとロマンは追いかけてきて僕をむりやりバイクに
のせた。
そして、「捕まってろよ。」といってバイクを発進させた。
バイクでの遠乗りの事は、ロマンも僕も完全に口をつぐんだ。
まるで、申し合わせたように。
そして、ロマンは僕達の寝室を独占して、美しい身体づくりに励んでいた。
エティエンヌは相変わらず、本を読んでいる。そして僕もその横で本を読んだ。
夜は書斎の長椅子で二人で眠った。
ロマンは夜には出かけてしまい、明け方戻ると僕達の寝室で眠った。
静かな日常がいびつながらも戻っていた。




