トマの日記~ロマン・その2
「そりゃあ、三年も連絡しなかったのは、悪かったよ。でも、ルドルフとドイツに行く
事は了解してたじゃないか。ルドルフとはドイツで別れたよ。その後、ふらっとモロッコ
に行ってみたくなって、そこで知り合った友達と南米をまわったんだ。新境地が開けたよ。
見てくれたらわかるさ。」
そう言いながら、彼は荷物の中から一枚のキャンバスを取出した。
そして、それをエティエンヌに見せようと立ち上がり、僕がつったっているのに気付いた。
「おや?誰だい?」
その声でエティエンヌも僕に気付き、顔色が変わったのがわかった。
「へえ。とうとう、子供に手をだしたのかい?エティエンヌ。」と薄ら笑いを浮かべてそう
いうので、
「手を出したのは僕のほうだよ。それに、僕は子供じゃない。」
といってやった。
ロマンは薄ら笑いをひっこめて、今度はまじめな顔をして僕の名前を聞いた。
「トマか。よろしく。ロマンだ。」それだけいうと、荷物を片付けはじめた。
エティエンヌはようやく僕のほうに歩み寄り、
「今日は帰ってくれないか。」
と、小さな声でいった。すると、
「いいじゃないか。エティエンヌ。食事にでかけようっていってたところだったろ?
彼もいれてやれよ。」
と荷物を片付けながらいった。
僕がエティエンヌの顔をみると、彼はいつも以上に蒼ざめていて、窒息しそうな顔をしている。
ロマンはまるで自分の部屋のように自分の荷物をといては、仕分けをして、どこに置こうかと
考えているようだった。
エティエンヌが僕を部屋から連れ出そうとするので、その腕を振り払うと、
「なかなかいい子じゃないか。そう邪険にしてやるなよ。食事ぐらいいいじゃないか。」
と作業の手も止めずに、何気なさを装いながらロマンが仲裁するような事をいう。
その言い方がカンに触ったけど、それよりも僕の気持ちを落ち込ませたのは、エティエンヌ
の様子だった。
まるで、思考停止したみたいに立ちすくんでいる。僕はエティエンヌを抱きしめたくなった
けど、そんなことをしたら、何かが壊れていきそうな気がした。
エティエンヌは僕を残してその場からいなくなった。僕はというと、ただその場につったって
るしかできなかった。不安な時間がじりじりと過ぎていく。支配と服従。
そんな言葉が何故だか僕の中でこだましていた。
やがて、ロマンの片付けがひと段落ついたところで食事に出かけた。
僕には初めてのレストランだったけど、二人には違うようだった。
耐え難い時間。共にいるのに疎外されている感じをいやというほど僕に感じさせていた。
僕が黙り込んでいるのを、ロマンは満足げに眺めながらワインをのんでいた。
ロマンはエティエンヌに僕を家まで送らせた。そして、
「今日は悪いが、僕たちの邪魔をしないでくれよな。トマ。僕達は三年ぶりでつもる話も
あるし、それに・・・わかるだろ。」
といって、ウインクした。
車は走り去り、僕は一人、自分の家の前に置いていかれた。
胸の奥が重かった。息をするのもやっとじゃないかと思えるほどに。
週末の、いつもならエティエンヌと過ごす夜なのに、僕はまた一人になった。
ひどい気分。最悪な気分。はらだたしい気分。
体中が燃え上がりそうな感じだ。
嫉妬・・・嫉妬?ただ仲間はずれにされて苛立ってるだけ?
いや、嫉妬なんだ。これが。と思った。なんてひどい気分だろう。
なすすべもなく僕を苦しめる。
こんな気持ちになるのは初めてだった。本や映画ではみたことあったけど、こんな感情
とは今まで付き合った事がなかったんだ。
エティエンヌの態度にも腹立たしいものを感じたけど、そもそも、彼は僕をどう思って
いたんだろう。そして、この僕自身もエティエンヌをどう思っていたんだろう。
思い出すのは、彼の落ち着いた雰囲気とひきしまった青白い肢体。深い知性を感じる目。
「愛してる」ってお互いに言い合ったことあっただろうか。
ママはよく恋人たちに大安売りしてたけど。そのコトバに僕は神聖なものを感じなかった。
ああ、でも、今、エティエンヌとロマンが同じベッドにいるのかと思うだけで、息苦しく
なってくる。
これが、嫉妬なんだ・・・。なんて、ひどい気分。
なんてひどい気分なんだ!




