8章 なんちゃって診療録 <33-1-2> 私の病院仲間たち ― 春日局と呼ばれた事務職Tさん その2
<33-1-2> 私の病院仲間たち ― 春日局と呼ばれた事務職Tさん その2
春日局といえば、徳川三代将軍家光の乳母で、大奥を取り仕切った女性です。つまり、裏から組織をしっかり掌握している人物という意味です。
Tさんは、まさにそんな存在でした。
医事課の仕事だけではありません。総務の仕事もこなし、患者の入院相談にも応じ、病院全体の動きをよく把握していました。
事務長といってもおかしくない働きぶりでした。
そんな彼女と看護師Aさんに、ある日私は「横浜で初めてのホスピス病棟をつくりたい」と相談しました。
二人とも、すぐに賛成してくれました。
そして市民運動としてホスピスを広めようという話になり、Tさんはその事務局長として奔走しました。
大学教授や学校長などを幹事に迎え、ついには千人規模の講演会まで開くことになりました。
相鉄の各駅にポスターを貼ってもらい、大手新聞に記事を載せてもらう。段取りは見事なものでした。
そして当日、彼女自身が司会を務めたのです。
千人の前に立つとなれば、普通は足が震えます。しかし彼女は堂々と進行役を務め上げました。
私は舞台の袖からその姿を見ながら、「この人は大したものだ」と感心したものです。
その後彼女は病院を退職しましたが、十数年後、私は再び彼女と働くことになります。私の人生最後の勤務病院でのことでした。
そこでも彼女は、相変わらず「春日局」と呼ばれる働きをしていました。
事務局長の秘書役を務め、院内の連絡を取りまとめ、医事課を指導し、さらに医療連携室を動かして患者さんを受け入れる。
私の見るところ、三人か四人分は働いていました。
どうして事務長にならなかったのか、今でも不思議です。
彼女は七十代半ばまで働き、家庭の事情で退職しました。それまで、ほとんど同じ仕事量を続けていたのです。
そのバイタリティには、ただただ頭が下がります。
病院というところは、医者だけで動いているわけではありません。むしろ、こうした人たちが陰で支えているからこそ、医療は成り立っているのだと思います。
私にとってTさんは、まさにその象徴のような人でした。
そして今でも、私の記憶の中では、あの病院のどこかで静かに指揮をとっている「春日局」の姿が浮かんでくるのです。
〈つづく〉
┌───────────────
│いのうげんてん作品
│
│①著作『神との対話』との対話
│ 《 あなたの人生を振り返る 》《 自分の真実を取り戻す 》
│
│②ノンフィクション-いのちの砦
│ 《 ホスピスを造ろう 》
│
│③人生の意味論
│ 《 人生の意味について考えます 》
│
│④Summary of Conversations with God
│ 『神との対話』との対話 英訳版
└───────────────




