<3-23-1> 病院寸話《45. 目からウロコが落ちる ①診ている医者が主治医》
<3-23-1> 病院寸話(月例朝礼・会議での寸話)
《その45 目からウロコが落ちる ①診ている医者が主治医》
「目からウロコが落ちる」という言葉があります。
「何かがきっかけとなって、急に物事の事態がよく見え、理解できるようになる」という意味だと、ネットには書いてあります。
ほとんどの人がその経験者でしょう。ただきっかけとなる「何か」は、人によってまちまちだと思います。
私も経験があります。
一つ目は、「診ている医者が主治医だ」と言われた時です。
二つ目は、嵌頓包茎を治した時です。
三つ目は、大腿ヘルニア嵌頓の手術をした時です。
① 診ている医者が主治医
ある病院の外科外来で、私は内科の依頼を受けて、患者さんの超音波検査をしていました。
ご存知のように、超音波検査は音波で体の内臓を調べるので、全くの無害なはずです。
ところが、検査をしている最中に突然、急変しました。
心肺停止が起きたのです。ただ超音波を当てているだけで、です。
現場は蜂の巣をつついたように、騒然となりました。
私は何が起きたのか分からず、主治医を呼んでくれと叫びました。
ナースが電話で主治医を探しています。
すると、既に駆けつけていた外科の部長が、
「診ているものが主治医だ」
そう叫んで、心マッサージなど色々な処置をほどこしました。
この言葉に私はハッとしました。目からウロコが落ちる思いでした。
私が主治医を呼んでくれと叫んだのは、主治医なら色々の状況がわかるからです。
例えば今治療している病気や、家族はどのような家族かなどの情報を得ることができます。
しかし、「診ているものが主治医だ」という言葉は、含蓄のある言葉です。
担当の主治医に引き渡すまでは、今診ている者が、「自分が主治医だ」という思いで対処しなければならない、ということなのです。
その後、駆けつけた主治医が引き継ぎましたが、患者は治療の効なく亡くなりました。
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〈つづく〉
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│いのうげんてん作品
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│①著作『神との対話』との対話
│《 あなたの人生を振り返る 》《 自分の真実を取り戻す 》
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│②ノンフィクション-いのちの砦
│《 ホスピスを造ろう 》
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│③人生の意味論
│《 人生の意味について考えます 》
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│④Summary of Conversations with God
│『神との対話』との対話 英訳版
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