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カルテに書けない よもやま話  作者: いのうげんてん
   病院寸話(月例朝礼・会議などでの寸話)
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<3-21> 病院寸話 《43.仕事の辞め時》

<3-21> 病院寸話(月例朝礼・会議での寸話)


《その43 仕事の辞め時》


挿絵(By みてみん) 


 人生の中で、どのような仕事をしていようと、「め時」というものがあります。


 長い間勤めた仕事をやめるのは、なかなか踏ん切りがつかないものです。


 もちろん、「定年」という区切りがある時は、いやおうなしにやめ時となります。


 そういうきっかけがないと、なかなか決心がつかないものです。


 ある有名なプロレスラーが引退しました。


 年齢的、体力的にはまだまだ現役を続けられそうでした。


 なので、どうして引退したのか、テレビ番組でインタビューを受けていました。


 彼は答えました。


「リングに上がるのが怖いと感じた、これはやめ時だと思った」


 そういうのです。


 この話を聞いて、私も感じるところがありました。


 私は、60歳近くになった頃に、急性病院から慢性病院に勤務を変えました。


 それまで急性病院で急性病の検査や治療をしていましたが、それが怖いと感じるようになったのです。


 例えば、大腸内視鏡を私はよく行っていました。


 患者さんの評判もよく、それをやるのが楽しくて毎日のようにやっていました。


 ところがある時、病院の内視鏡やその周辺器機が異機種に変更になったのを機に、使い勝手が変わったせいで、大腸ポリープの切除操作が怖いと感じるようになったのです。


「そろそろ急性病から身を引く潮時だな」と思いました。


 その時ちょうど、知人の新規精神科病院にお呼びいただき、急性病院から転勤したのです。


 それが今勤務している病院で、18年近く内科医の現役で働いています。


 ここでも内科的な疾患は、急性病院と同じようにあります。


 しかし、高齢であったり、認知症があったりして、それほどまでも先端的な治療は要求されません。


 悪く言えば、ほどほどの治療ですむのです。


 50年近くに培った医療技術を、今もやりがいを持って提供しています。


 「怖い」と感じる、それ以外に、「楽しくない」「ワクワクしない」「やる気が出ない」というような感じがした時は、その仕事のやめどきだと思います。


───────────────


〈つづく〉



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│いのうげんてん作品      

│               

│①著作『神との対話』との対話

│《 あなたの人生を振り返る 》《 自分の真実を取り戻す 》

│②ノンフィクション-いのちの砦  

│《 ホスピスを造ろう 》

│③人生の意味論

│《 人生の意味について考えます 》

│④Summary of Conversations with God

│『神との対話』との対話 英訳版

└───────────────




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