第3話 炊き出し活動
西暦1884年9月、イタリア、ナポリ。
十八歳になったマッテオ・リナルディは、四年ほど前に修業へ出たパリから、久しぶりに故郷へ戻ってきた。
レオ・モローの店での修業は厳しかった。最初は野菜の下処理や鍋洗いばかりだったが、今ではフォンの取り方やソースの仕上げ方、肉や魚の火入れまで任されるようになっている。
まだ一人前とは言えないものの、料理人としての腕前にはそれなりの自信があった。
故郷に帰ったら、まずは父親に自分の料理を食べさせてやるつもりだった。
きっと驚くに違いない。口の悪い親父のことだから、素直に褒めるとは思えなかったが、それでも腕前の違いくらいは分かるはずだ。
ところが、久しぶりに足を踏み入れたナポリの街は、マッテオが覚えている賑やかな街並みとは随分違っていた。
コレラが大流行していたのだ。
通りでは病人を運ぶ人々が行き交い、狭い路地には感染を恐れて戸を閉ざした家が並んでいた。
以前は威勢よく客を呼び込んでいた商人の姿も少なく、道端では仕事を失った男たちが暗い顔で座り込んでいる。
貧しい地区では、家族が病気になったために働けなくなった者も多かった。食料を買う金がなく、子供に十分な食事を与えられない家庭まであるという。
マッテオは足早に実家へ向かった。
トラットリア・リナルディの扉を開けると、懐かしいラグーの香りが鼻をくすぐった。厨房では父のロレンツォが大鍋をかき混ぜている。
「親父! 帰ったぜ!」
「おう、マッテオ! よく帰ってきたな!」
ロレンツォは息子を見るなり大きな声を上げ、鍋を従業員に任せて歩み寄ってきた。力強く肩を叩かれたマッテオは、負けじと胸を張る。
「どうだ、ちょっとは立派になっただろ!」
「背が伸びたくらいで偉そうにするな! 料理の腕はどうなんだ?」
「へへっ、驚くなよ。パリじゃすげえ料理を作ってるんだからな!」
「ほう。そいつは楽しみだ!」
父親は相変わらずだった。マッテオも嬉しくなったが、店内を見渡して首を傾げる。昼時だというのに、空いている席がいくつもあった。
「なあ親父。客がずいぶん少なくねえか?」
「ああ。病気が流行ってから、こんな有様だ。うちの常連にも倒れた奴がいるし、食い物を買う金もねえ連中が大勢いる」
ロレンツォは厨房の奥に目を向けた。いつもなら忙しく働いている従業員たちも、どこか沈んだ表情をしている。
「……そんなにひどいのかよ」
「街を見りゃ分かるだろ。まったく、ひでえもんだ」
マッテオは、帰郷の途中で見かけた人々の姿を思い出した。パリで覚えた料理を自慢するつもりだったが、どうやらそれどころではないらしい。
それから数日後、トラットリア・リナルディに久遠が訪れた。
「こんにちは、ロレンツォ。マッテオも帰ってきていたんだねぇ」
「久遠! 久しぶりだな!」
「あはは。元気そうでよかったよ」
マッテオは駆け寄り、パリでどれほど料理を学んだかを得意げに話し始めた。久遠は楽しそうに聞いていたが、ロレンツォに料理を勧められると、そちらにも興味を向ける。
「那岐様、ちょうど煮込みができたところです。ぜひ召し上がってください!」
「ありがとう。ロレンツォの料理は久しぶりだから楽しみだよ」
久遠は料理を美味しそうに食べながら、ナポリの様子について尋ねた。
ロレンツォは街の惨状を話し、しばらく考えてから、いつになく真剣な顔で久遠に向き直った。
「那岐様。実は、お願いしたいことがあります」
「うん。どうしたの?」
「貧しい連中に、飯を配りたいんです。店の余り物を渡すくらいはしてきましたが、もうそれじゃ足りません」
ロレンツォは近所の料理人たちにも声をかけ、大きな鍋でスープを作って配ろうと考えていた。しかし、食材や燃料を大量に買えば、食堂の経営まで危うくなってしまう。
「うちの従業員にも家族がいます。店を潰すわけにはいきません。ですが、腹を空かせた連中を見ていると、どうにも我慢できなくて……」
久遠は黙って話を聞き、どれほどの人数に食事を配りたいのか、調理の場所や人手は確保できるのかと尋ねた。
ロレンツォは考えていた計画を説明する。近所の料理人たちには協力を頼めそうだが、やはり費用が一番の問題だった。
「うん。それなら、私が全部出すよ」
「……那岐様。本当によろしいのですか?」
「もちろんだよ。料理はロレンツォたちが作ってくれるんでしょ?」
「ええ! 料理のことなら、私にお任せください!」
ロレンツォは嬉しそうに胸を叩いた。
そのやり取りを聞いていたマッテオは、思わず口を挟んだ。
「なあ親父。店の客でもねえ奴らに、そこまでする必要があるのか?」
「腹を空かせてる奴がいるんだ。料理人が飯を作ってやらなくてどうする!」
「いや、そりゃそうかもしれねえけど……」
久遠は二人を見比べ、穏やかに笑った。
「マッテオも手伝ってくれると嬉しいなぁ。パリで料理を勉強したんだしね」
「……しょうがねえな。俺の腕前を見せてやるよ!」
マッテオが胸を張ると、ロレンツォは鼻を鳴らした。
「炊き出しだぞ。お前の自慢話を聞かせる場所じゃねえ!」
「分かってるって!」
こうして、トラットリア・リナルディを中心とする炊き出しの準備が始まった。
翌日から、厨房は普段以上の忙しさになった。
久遠の資金で大量の野菜や肉、パン、燃料が運び込まれ、近所の料理人たちも手伝いにやって来る。大鍋がいくつも並び、厨房からは立ち上る湯気と野菜を刻む音が絶えなかった。
ロレンツォが考えた献立は、肉と野菜をたっぷり煮込んだスープを中心としたものだった。腹を空かせた人々に温かい食事を届けるため、できるだけ多くの量を用意する。
調理には清潔な水を使い、器具も念入りに洗った。コレラの流行中とあって、水や食べ物の扱いには普段以上に気を配らなければならない。
「マッテオ! そっちの玉ねぎを全部刻め!」
「また玉ねぎかよ! さっきからそればっかりじゃねえか!」
「口を動かす暇があったら手を動かせ!」
マッテオは不満を漏らしながらも、次々に野菜を刻んでいく。
パリでは美しいソースや繊細な肉料理を学んできた。それなのに、帰郷して任されたのは山のような野菜と大鍋のスープだった。
「なあ親父。せっかくフランス料理を覚えてきたのに、こんな単純な料理ばっかりじゃ腕の見せどころがねえよ」
「単純だと? だったら、その鍋をお前に任せてやる!」
「へっ、スープくらい簡単だろ!」
マッテオは自信満々で調理を始めた。
ところが、普段の何十倍もの量を一度に作ろうとすると、思いどおりにいかなかった。
鍋の底を焦がさないように混ぜながら、火加減を調整し、煮え具合を確かめなければならない。途中で味見をしても薄く感じられ、調味料を加えると今度は味の釣り合いが崩れてしまう。
「くそっ! 何でこんなに味が決まらねえんだよ!」
「鍋がでけえからって、適当に作っていいわけじゃねえんだ!」
ロレンツォは息子の鍋を確かめると、少しずつ味を整えていった。その手際は見事で、マッテオは悔しくなりながらも目を離せなかった。
パリで学んだ技術には自信があった。しかし、大勢の人に食べさせるための料理となると、父にはまだ到底及ばない。
「ちくしょう……」
「悔しかったら覚えろ! 料理は綺麗な皿に盛り付けるだけじゃねえぞ!」
マッテオは言い返そうとしたが、今は何を言っても負け惜しみにしかならなかった。
一方、久遠は食材の運搬や器具の洗浄を手伝っていた。力仕事にも嫌な顔ひとつせず、必要があれば大きな袋を肩に担いで運んでいる。
「なあ久遠。妖術を使えば、もっと簡単にできるんじゃねえのか?」
「そうかもしれないけど、こんなに人がいるところじゃ使えないからねぇ」
「そりゃそうか……」
「あはは。だから私も普通にお手伝いするよ」
久遠はそう言って、また食材を運び始めた。
マッテオも仕方なく鍋の前に戻る。口を動かすより手を動かした方が早いことは、本人にもよく分かっていた。
炊き出しの初日、食事を配る場所には開始前から大勢の人々が集まっていた。
疲れ切った老人、幼い子供を抱えた母親、仕事を失った男たち。人々は不安そうな顔で鍋を見つめ、少しでも早く食事を受け取ろうとしていた。
マッテオはスープを器によそって渡す役を任された。
「ほら、次だ! 順番に来いよ!」
ところが、配給が始まるとすぐに列が乱れた。
前へ割り込もうとする男が現れ、後ろから押された老人がよろめく。人々は腹を空かせているうえ、食事が足りなくなるのではないかと恐れていた。
「おい! 押すなって! ちゃんと並べよ!」
「こっちは朝から何も食ってねえんだ!」
「みんな同じだろ! 順番に並べって言ってんだ!」
別の男は器を差し出し、もっと多くよそえと怒鳴った。マッテオが一人分ずつだと説明すると、男は家族も腹を空かせているのだと言い返す。
「だったら家族も連れてこいよ! こっちだって数を考えて配ってるんだ!」
「そんなこと言ってる場合じゃねえんだよ!」
マッテオは腹を立て、思わず声を荒らげた。
「こっちは朝から必死に作ってんだぞ! 文句ばっかり言いやがって!」
「マッテオ! 喧嘩してる暇があったら次を配れ!」
ロレンツォの怒鳴り声が飛んできた。
「だって親父! あいつら礼も言わねえじゃねえか!」
「そんなことより、料理を冷ますんじゃねえ! 早く配れ!」
ロレンツォ自身も、割り込みをする者や他人の器を奪おうとする者には容赦なく怒鳴った。しかし、腹を空かせているという理由でやって来た人々を、無闇に追い返すことはしなかった。
マッテオには、その違いがよく分からなかった。
食事を受け取ると何も言わずに立ち去る者もいれば、その場で夢中になってスープを飲み始める者もいる。
中には小さな声で礼を言ってくれる人もいたが、怒鳴られたり、文句を言われたりしたことの方が強く印象に残った。
パリのレストランでは、客は料理が運ばれてくるのを楽しみに待っていた。美しく盛り付けられた皿を見て感心し、味を確かめて料理人の腕前を評価する。
しかし、ここでは誰も料理の美しさなど気にしていなかった。ただ目の前の食事を受け取り、腹を満たそうと必死になっている。
配給が終わる頃には、マッテオの腕も足も疲れ切っていた。
「何なんだよ、炊き出しって……。こんなに大変だなんて聞いてねえぞ」
空になった鍋を運びながら、マッテオは思わず愚痴をこぼした。
炊き出しは翌日も、その翌日も続いた。
マッテオは相変わらず配給の仕事に追われていた。順番を守らない者に怒鳴り、料理が足りなくなれば厨房へ走って追加を運ぶ。客から感謝されるどころか、文句を言われることの方が多いように感じていた。
そんなある日、配給の列に幼い子供を連れた母親が現れた。
母親はひどく疲れた様子で、痩せた子供の手を握っていた。二人とも服は汚れ、長い間まともな食事を取っていないように見えた。
「ほら、スープとパンだ。熱いから気をつけろよ」
マッテオは二人分の食事を渡した。
しかし、母親は礼を言うこともなく、すぐに子供を座らせて食事を用意し始めた。
また礼もなしか。
そう思ったマッテオだったが、母親の手が震えていることに気づいた。
子供は疲れ切っているのか、差し出されたスープをなかなか口にしようとしない。母親は何度も息を吹きかけて冷まし、少しずつ飲ませようとしていた。
マッテオは、次の器によそいながらも二人のことが気になった。
やがて子供が一口飲み、続けてもう一口飲んだ。
母親は何も言わずにその様子を見つめていたが、子供がパンを食べ始めると、ようやく肩の力を抜いた。
その表情を見て、マッテオは少しだけ事情を理解した。
母親は自分に礼を言うどころではなかったのだ。子供が何かを食べてくれるかどうか、それだけが心配だったのだろう。
マッテオはしばらく迷った末、食べやすいよう小さく切ったパンを持っていった。
「ほら、こっちも食わせてやれよ」
母親が顔を上げる。
何かを言いかけたようだったが、すぐに子供へ向き直った。
マッテオはそれ以上話しかけず、配給の仕事に戻った。
相変わらず列は長く、割り込みをしようとする者もいた。料理を受け取る人々の表情も暗いままだった。
しかし、マッテオの頭には、温かいスープを飲み始めた子供と、それを見てほっとした母親の姿が残っていた。
その日の配給が終わる頃、母親は子供の手を引いて帰ろうとしていた。
ロレンツォは二人の姿を見つけると、いつもの大きな声で呼びかけた。
「おう! また明日も食べにおいで!」
母親は振り返ることなく、人々の間を歩いていった。
ロレンツォは気にする様子もなく、空になった鍋の片づけを始める。
「なあ親父。あの人たち、返事もしなかったぞ」
「ああ、そうだな」
「それでも、また来いって言うのか?」
「腹が減ってるなら、食いに来りゃいいだろ」
ロレンツォは当たり前のように答え、鍋を抱えて厨房へ戻っていった。
マッテオはその後ろ姿を見つめた。
十二歳の頃、父は食堂の常連客にも同じ言葉をかけていた。毎日同じ料理を作り、同じ客に食べさせて、どうしてあんなに嬉しそうなのか不思議だった。
今も、父の気持ちをすべて理解できたわけではない。
ただ、食事を受け取った子供がスープを飲み、母親が安心したような顔を見せたことは、妙に嬉しかった。
自分の作った料理が褒められたわけでも、腕前を認められたわけでもない。
それなのに、悪い気分ではなかった。
それからも、マッテオは父とともに炊き出しを続けた。
相変わらず怒鳴ってくる者には腹が立つし、順番を守らない者を見れば黙っていられない。しかし、食事を受け取る人々の様子にも、少しずつ目が向くようになっていた。
熱いスープを飲みにくそうにしている子供には、少し冷ましてから渡した。長時間並んでいる老人がいれば、器を持つのを手伝い、料理が足りなくならないようによそう量にも気を配った。
もちろん、父親との喧嘩がなくなったわけではない。
「おい親父! また鍋が足りねえぞ!」
「だったら、さっさと次を運んでこい!」
「人使いが荒いんだよ!」
「口だけは一人前だな!」
久遠はそんな親子のやり取りを聞いて、楽しそうに笑っていた。
「あはは。二人とも元気だねぇ」
「笑ってねえで手伝ってくれよ、久遠!」
「うん。もちろんだよ」
久遠は袖をまくり、重い鍋を運ぶのを手伝った。
炊き出しが続く間も、コレラの流行が収まったわけではなかった。病に倒れる人々は後を絶たず、食事を届けることができても、助けられない人々がいた。
それでも、温かい料理を受け取ってほっとする者や、翌日も食事を求めてやって来る者がいる。
マッテオは、そうした人々の姿を少しずつ覚えるようになっていた。
やがて炊き出しが一段落したある夜、マッテオは父と二人で厨房の片づけをしていた。
何日も大鍋を使い続けたため、厨房の道具は普段以上に手入れが必要だった。マッテオは鍋を洗いながら、ずっと気になっていたことを父に尋ねた。
「なあ親父。あんなに怒鳴られたり、文句を言われたりしても、何で料理を作るんだ?」
「何でって、腹を空かせた奴がいるからだろ」
「それだけかよ?」
「それだけで十分だ。料理人は、美味い飯を作って食わせるのが仕事だからな」
ロレンツォは洗い終わった鍋を確かめ、布で水気を拭き取った。
「礼を言われりゃ嬉しいさ。だが、礼を言う余裕もねえ奴だっている。そいつらに飯を食わせたからって、俺の料理が不味くなるわけじゃねえだろ」
マッテオは黙って父の言葉を聞いていた。
パリで学んだ料理は素晴らしかった。美しく盛り付けられた一皿も、丁寧に作られたソースも、今でも強く憧れている。
立派な料理人になりたいという夢は、少しも変わっていなかった。
しかし、父の料理にも、自分がまだ十分に理解していなかった魅力があることに気づいた。
同じ料理を何度も作り、毎日のように客に食べさせる。それは決して退屈な仕事ではなかった。
人々が腹を満たし、明日も食事をしに来てくれることを、父は心から嬉しく思っていたのだ。
「……なあ、親父」
「何だ?」
「俺、しばらくここで料理をやる」
ロレンツォの手が止まった。
「パリはどうするんだ?」
「レオさんには手紙を書く。今度は親父の料理を、ちゃんと覚えたいんだよ」
ロレンツォは驚いたように息子を見つめた。
かつてマッテオは、庶民料理を古臭いと言い、高級レストランで働きたいと騒いでいた。その息子が、今度は自分から父の料理を学びたいと言い出したのだ。
「お前、本気で言ってるのか?」
「当たり前だろ! 親父のラグーも、あの大量のスープも、俺にはまだ同じように作れねえ。だから、ちゃんと覚えてやる!」
ロレンツォはしばらく息子を見つめていたが、やがていつもの厳しい表情に戻った。
「俺の厨房で働くなら、甘やかさねえからな!」
「望むところだ! 今度こそ親父を超えてやる!」
「十年早え!」
「何だと! そんなにかかるわけねえだろ!」
親子はまた言い争いを始めた。
けれども、マッテオはもう父の料理を古臭いものだとは思っていなかった。
数日後、マッテオはパリのレオ・モローに手紙を書いた。
これまで料理を教えてくれたことへの感謝を伝え、当面はナポリに残って父の料理を学ぶつもりだと知らせる。
フランス料理を諦めたわけではない。
むしろ、パリで覚えた技術を使えば、父の作るナポリ料理をもっと美味しくできるかもしれないと考え始めていた。
その日の午後、久遠が食堂を訪れると、マッテオは厨房で忙しく働いていた。
「マッテオも、やりたいことが見つかったんだねぇ」
「勘違いするなよ! 俺は世界一の料理人になるのを諦めたわけじゃねえぞ!」
「あはは。うん、そうだね」
「親父の料理も覚えて、フランス料理の技術も使って、もっと美味い料理を作ってやるんだ!」
「それは楽しみだねぇ」
久遠は嬉しそうに微笑んだ。
その時、厨房の奥からロレンツォの怒鳴り声が響いた。
「マッテオ! 喋ってねえで鍋を見ろ!」
「分かってるよ、親父!」
マッテオは久遠に手を振り、大きな鍋の前へ戻っていった。
十二歳の頃、父の料理を古臭いと笑っていた少年は、今ではその味を自分のものにしようと夢中になっていた。
そして、いつの日か父を超える料理を作り、世界一の料理人になってみせるつもりだった。
もっとも、当の父親は今日も息子の料理に文句をつけている。
「おい! そこはもっと弱火で煮込めって言っただろ!」
「分かってるって! 親父は細かいんだよ!」
「細かくなきゃ美味い料理は作れねえんだ!」
久遠は、相変わらず賑やかな親子の声を聞きながら、楽しそうに笑っていた。




