4 思いもよらない取引
――――だが。
「また来る」と言われた翌日、本当に彼らが再びやって来るとは思わなかった。
朝の柔らかな陽光の中、玄関先に立つマクシミリアンは、昨日と同じ枯草色の騎士服を隙なく纏い、マントを羽織っていた。
その後ろでは、カーティスがどこか気まずそうに笑っている。
私の顔を見るなり、マクシミリアンが切り出す。
「率直に言う。お前の能力を買い、我が王室魔法騎士団の見習いとして迎え入れることにした」
(は?)
一瞬、思考が止まる。
(この私に、今さら見習い騎士になれと言うのか?)
かつて王国最強と呼ばれた大魔導士に向かって、見習い?
前世の記憶があるせいで、危うく不快感が爆発しかける。
(・・・・・・いや、それ以前の問題だ。もう二度と騎士団なんかに関わりたくない)
私は感情を押し込めるように、一度静かに息を吐いた。
「非常に有難いお話ですが、昨日も申し上げた通り、私は家を離れるわけにはいきません」
「分かっている」
マクシミリアンは淡々と言う。
「だから、お前の家族の面倒はこちらで見ることにした」
「・・・・・・どういう意味ですか?」
「カーティス」
呼ばれたカーティスが、一枚の契約書を差し出してきた。
「リズ、これが今回の雇用条件だ。これだけあれば、手伝いを雇うこともできるだろう」
書面に視線を落とした私は、思わず息を呑む。
(給料が通常の三倍だと?)
見習い騎士とは思えない破格の待遇だった。
この金額なら、母の薬代も生活費も十分賄える。
頭の中で、天秤がぐらりと揺れた。
(金は必要だ。だが騎士団に入れば、前世と同じ道を辿ることになるかもしれない・・・・・・)
迷う私を見つめながら、マクシミリアンがさらに続ける。
「それに、お前には金以にも必要なものがあるんじゃないのか?」
「え?」
彼の視線が、家の奥へと向けられる。
ちょうどその時、中から母の苦しそうな咳が聞こえてきた。
「俺なら優秀な医者を手配できる」
「母のためにですか?」
思わず身を乗り出す。
「ああ。王都でも指折りの医者を呼ぼう」
その言葉に、心が大きく揺れた。
この半年、私はずっと母を医者に診せたいと思っていた。
だが、この辺境にはまともな医者はおらず、また王都まで行く金も手段もないため、半ば諦めかけていたのだ。
「本当に、母を診ていただけるんですか?」
「約束する」
迷いが深くなる。
前世の私は、国に全てを捧げた。
そして、最後は使い潰されるように死んだ。
だからこそ今世は、普通の女の子として静かに生きていきたいと願っていた。
私はゆっくりと顔を上げる。
「・・・・・・でしたら、一つ条件があります」
「条件?」
「任期を三年にしてください」
マクシミリアンの眉が僅かに動く。
「三年間だけ騎士団で働きます。ですが、その後は必ず解放してください」
(それが今の私にできる、最大限の妥協)
彼はしばらく無言で私の顔を見つめていた。
銀色の瞳が、探るように細められる。
「分かった、いいだろう」
その返答に、私は小さく息を吐く。
(これで三年耐えれば、またここへ戻って来られる)
そうだ、これはただの出稼ぎだ。
自分にそう言い聞かせる。
「では、入団いたします」
その瞬間、マクシミリアンの表情が、ほんの僅かだけ緩んだような気がした。
しかし、次の瞬間にはまたいつもの彼に戻っている。
「明日の朝、迎えに来る。荷物をまとめておけ」
「・・・・・・分かりました。よろしくお願いします」
こうして私は、再び王室魔法騎士団の騎士となった。




