3 再訪
家へ戻ると、玄関前に見たこともないほど立派な白馬が二頭繋がれていた。
(・・・・・・まさか)
嫌な予感を覚えながら、私はおそるおそる扉を開ける。
「母さん、ノア、ただいま」
家の中には、緊張した様子の母と弟。
そして、騎士団の制服を纏った男が二人立っていた。
(忘れるどころか、昨日の今日で訪ねてくるなんて・・・・・・)
思わず、頭を抱えたくなる。
「リズ、おかえりなさい。この騎士様達が、あなたに大事な話があるって・・・・・・ずっと待っていらしたのよ」
母が困惑したように、私と男達を見比べる。
私は小さくため息を吐き、二人へ向き直った。
「母は体調が良くありません。よければ外でお話ししませんか?」
「分かった」
短く答えたマクシミリアンに続き、もう一人の男も外へ出る。
私は少し離れた木陰まで歩くと、改めて二人と向き合った。
「騎士様方、突然訪ねて来られた理由をお聞かせ願えますか」
「聞きたいことは二つだ」
マクシミリアンの声は硬くて低い。
「一つは、昨日お前がどうやって魔法を使ったのか。もう一つは、どうして俺の名を知っていたのかについてだ」
(・・・・・・こいつ、こんな冷たい喋り方をする男だったか? 昔はもっと愛想がよくて、いつも笑っていた気がしたのに)
私は内心首を傾げながらも、平静を装う。
「あれは偶然です。それに私は騎士様とは初対面です。何か聞き間違いをされたのでは?」
「ふざけるな。お前が使ったのは高等魔法だ。偶然扱えるような代物じゃない」
銀色の瞳が鋭く細められる。
「いい加減なことを言うなら、ただでは済まないぞ」
(まあ、あれだけ派手にやればさすがに誤魔化し切れないか)
マクシミリアンがさらに何か言おうとした時、隣の男が「まあまあ」と割って入った。
「落ち着け、マクシミリアン。お前らしくないぞ。こんな子供相手に怖がらせるな」
「別に怖がらせてなどいない」
そのやり取りを見ながら、私はもう一人の男の顔にも見覚えがあることに気づく。
「急に押しかけて悪かったな。こいつはマクシミリアン。俺はカーティス。王室魔法騎士団の副団長だ」
(・・・・・・ああ、思い出した)
カーティス・リヒノフスキー。
たしかマクシミリアンと同時期に入隊した見習い騎士だったはず。
(そうか。あの若かった二人が、今や団長と副団長に・・・・・・)
十年以上という歳月を思い、私は少し感慨深くなる。
「リズ、だったな。年はいくつだ?」
「14です」
「14であの魔法か・・・・・・正直、信じられないな」
「当然だ」
カーティスの言葉を遮るように、マクシミリアンが言う。
「あの呪文をあれほど正確かつ高速で詠唱できる者は、騎士団内でも半数もいない。子供に扱えるはずがない」
(さて、どうしたものか)
一瞬、正直に「自分はリーゼロッタの生まれ変わりだ」と打ち明けようかという考えが頭をよぎる。
だが、そんなことをすれば前世と同じく、また国に利用され普通の人生から遠ざかってしまう。
(・・・・・・駄目だ。絶対に正体は明かせない)
私は軽く息を吐き、口を開いた。
「実は私、生まれつき魔力が高いんです」
マクシミリアンの眉がぴくりと動く。
「魔力が高いだけでは魔法は扱えない。技術が必要だ。平民のお前が、どうやってそれを身につけた?」
「独学です」
「独学?」
「はい。町の教会にある魔法書を読んで、一人で学びました。昨日の魔法も、その中で覚えたものです」
「・・・・・・そんな話、簡単には信じられないな」
「ですが事実です」
私がきっぱりそう言い切ると、マクシミリアンは不機嫌そうに眉を寄せた。
「なら、最初からそう言えばいい。しかし、それほどの魔力があるのに。なぜ王国魔法学校へ行かない?」
「家庭の事情です」
私は静かに答える。
「ご覧の通り、母は病弱で弟もまだ幼いです。私が家を離れるわけにはいきませんでした」
真実と嘘を織り交ぜた説明に、二人はしばし沈黙した。
(まあ、完全にあり得ない話ではないからな)
高位魔法を独学で扱うなど普通は不可能だ。
だが、絶対にないとも言い切れない。
やがてカーティスが、感心したように呟いた。
「もしその話が本当なら、この子はリーゼロッタ様以来の天才かもしれないな」
「カーティス!」
突然、マクシミリアンが鋭く声を荒げる。
「軽々しくあのお方の名を口にするな!」
(・・・・・・おいおい、『私の名前』が出た途端どうした?)
私は目を瞬かせる。
「あのお方と、こんな子供を比べるなんて・・・・・・」
マクシミリアンは唇を噛み締めながら、じっと私の顔を見つめてくる。
まるで値踏みするような視線に、思わず背筋が冷えた。
(まさか、何か感づかれたのか?)
私はそっと後ずさる。
リーゼロッタと私の共通点は、赤毛と金の瞳くらい。
しかも向こうは絶世の美女だったが、私は鼻ぺちゃでそばかすだらけ。
背だって低い。
似ても似つかないはずだが――――。
その時、マクシミリアンの目が、はっと見開かれる。
「お前・・・・・・」
(まずい!)
「では、私は家の手伝いがありますのでこれで失礼します!」
私は早口でそう告げると、踵を返した。
だが、その瞬間。
ぐい、と腕を掴まれる。
「待て。まだ話は終わっていない」
「離してください」
「どうしてお前が俺の名を知っていた? その説明をきちんと受けていないぞ」
「それは騎士様の聞き間違いです」
「そんなはずない、俺は確かに聞いた」
「だから、違うと言っているでしょう!」
思わず声を荒げると、カーティスが私達の間に慌てて割って入る。
「まあ、待て待て。リズ、今日は悪かったな。もう行っていいぞ」
「カーティス!」
「マクシミリアン、今日はここまでだ」
不服そうにしながらも、マクシミリアンはようやく私の手を離す。
(・・・・・・助かった)
心底、安堵する。
このまま、もう二度と会うことがなければいいが。
そう思ったのだが――――。
「今日は帰る。だが、必ずまた来る」
マクシミリアンがまっすぐに私を見据えながらそう言い切る。
(嘘だろ)
私は引きつった笑みを浮かべながら、二人に頭を下げると、重たい足取りで家の中へと戻った。




