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6 王室魔法騎士団①




 翌朝から、私は見習い騎士として正式に訓練へ参加することになった。

 朝日に照らし出された広い訓練場には、木剣を振る騎士達の掛け声が響きわたっていた。


 王室魔法騎士団の主な任務は、王城の護衛と王都の防衛。

 だが、見習い騎士はまだ護衛任務を任されないため、一日の大半を訓練に費やすことになる。

 私は内心、高を括っていた。


(リーゼロッタの記憶がある私なら、訓練など難なくこなせるだろう)


 ――――そう思っていたのだが、現実は甘くなかった。


 朝靄の残る訓練場を何周か走っただけで、私は早くも息が上がっていた。


「リズさん、大丈夫ですか!?」

「・・・・・・あ、ああ・・・・・・」


 石畳の地面に膝をつきそうになった私を、マチルダが慌てて支えてくれた。

 大勢の見習い騎士達の中で、私だけが完全に場違いなほどへばっていた。


 額の汗を拭いながら、私は愕然とする。


(忘れてた・・・・・・中身はリーゼロッタでも、身体はリズのままなんだった!)


 今まで普通の少女として暮らしてきた体に、急に騎士の訓練をさせるなどあまりにも過酷だった。


「あら、新入りさん。もしかして、もう根を上げるつもり?」


 エミリアが地面に蹲っている私を見て、呆れたように肩を竦める。

 私はなんとか立ち上がり、笑顔を作った。


「ご心配ありがとうございます・・・・・・ですが、これくらい平気です」

「あらそう。せいぜい皆の足を引っ張らないように気を付けてね」

「エミリアさん、そんな言い方――――」


 マチルダが庇おうとしてくれるのを、私はそっと制した。


「大丈夫ですから」

「リズさん・・・・・・」


 その後の基礎訓練も、私はほとんど意地だけで乗り切った。

 知識と技術は頭に入っているのに、身体がまるでついてこない。

 訓練が終わる頃には、全身が鉛のように重くなっていた。


(騎士の基本は体力――――そんな当たり前のことをすっかり忘れていたな・・・・・・)


 訓練場の端に座り込んでいると、マチルダがそっとハンカチを差し出してくる。


「リズさん、お疲れ様です」

「ありがとうございます・・・・・・」

「今日は基礎訓練ばかりでしたから、特にお疲れになったでしょう?」

「はい。自分の体力不足を痛感しました」


 すると、マチルダは困ったように笑う。


「私もそれほど体力がある方ではありませんが・・・・・・リズさんは格別ないようですね」


(うっ、案外はっきり言うな・・・・・・)


 私は苦笑する。


「面目ありません。明日からはもっと体力作りに励みます」

「あっ、ご、ごめんなさい! そんなつもりじゃなかったの!」

「あはは、大丈夫です」


(なるほど。天然タイプか)


 私は汗を拭いながら、小さく肩を竦めた。



◇◇◇◇◇



 この日の訓練は基礎訓練のみで、昼前には終了した。

 少し休憩を取った後、私は一人で建物内を散策する。


(たしか、この辺りだったはず・・・・・・)


 前世の記憶を辿りながら、静かな研究棟の奥へと進んでいく。


 昼下がりの廊下には人影も少なく、窓から差し込む陽光が床に長く伸びていた。

 古い石壁に飾られた魔法陣のタペストリーを眺めながら進む。

 そして、建物のさらに奥まった場所に、その部屋はあった。


(・・・・・・ここだ)


 胸が小さく高鳴る。

 試しにドアノブへ手をかけると、鍵はかかっていなかった。

 私はゆっくりと扉を開ける。

 

(ああ・・・・・・信じられない)


 その瞬間、思わず目を見開いた。

 

 部屋の中は、記憶していたままだった。

 窓際に置かれた机、本棚にずらりと並べられた魔法書、そして壁際に並ぶ実験器具。


 そこはかつて、リーゼロッタが「隠れ家」にしていた部屋だった。

 魔法研究に没頭したい時、彼女はここへ籠もり、昼夜を問わず術式を書き続けていた。

 だが、十年以上経った今もなぜか部屋は当時のまま保たれている。

 埃もほとんどなく、全てが綺麗に整えられていた。


(誰かがずっと手入れしてくれていたのか?)


 私はゆっくりと机へ近づく。

 そして、かつて自分が使っていた椅子へ、恐る恐る腰を下ろした。


(懐かしい・・・・・・)


 胸の奥がじわりと熱くなる。


(ここで魔法書を読みながら、そのまま寝落ちしたことが一体何度あっただろう)


 私は立ち上がると、本棚から数冊の本を抜き取る。

 どれも当時のお気に入りだ。

 机へ戻り、ページをめくる。


 古い紙の匂いと、書き込みだらけの術式。

 懐かしさのあまり、自然と頬が緩んでいく。


(またここで本を読める日が来るなんて・・・・・・)


 気付けば、私は本に没頭していた。

 だから。


「リズ!」


 突然名を呼ばれた時は、本気で飛び上がりそうになった。


「は、はいっ!」


 顔を上げると、入口にマクシミリアンが立っていた。

 しかも、かなり不機嫌そうだ。


「お前、ここで一体何をしている」

「だ、団長・・・・・・!?」


 彼は長い脚で部屋の中へずかずかと入り込んでくると、机の前で立ち止まった。


「どうやってここを見つけた?」

「えっと・・・・・・建物を歩いていたら偶然・・・・・・」

「また偶然か」


 鼻で笑われる。


(相変わらず、信用されていないな)


 私は慌てて立ち上がった。


「勝手に入って申し訳ありません。すぐ出ますので――――」

「待て」


 低い声がそれを遮る。


「俺は別に出て行けとは言っていない」


(その割に、圧がすごいんだが・・・・・・)


 マクシミリアンは机の上の本を一冊手に取る。


「熱心に読んでいたようだが、ここにある本に興味があるのか?」

「はい。とても興味深い内容でしたので、つい・・・・・・」

「だが、どれも高度な魔法書だ。お前に理解ができるのか?」

「まあ、なんとなくですが・・・・・・」


 銀色の瞳が、探るようにこちらを見る。

 まるで心の奥まで見透かそうとするかのように。


「ここは、俺が尊敬していた方の部屋だ」


 彼は静かに言う。


「本も、道具も、全部その人の私物だった」


(知ってる。ここにある物は全部、リーゼロッタのものだ)


 私は黙って耳を傾ける。


「その方はもう亡くなった。だが、あの人が大切にしていたものを、俺は今でも守りたいと思っている」


(ああ、そうか・・・・・・)


 私はようやく合点した。

 この部屋を当時のまま残していたのは、マクシミリアンだったのだ。

 見習い騎士だった彼が、リーゼロッタを慕っていたのは知っていた。

 けれど、ここまで大切に想ってくれていたとは夢にも思わなかった。


「団長にとって、ここはとても大切な場所だったんですね」


 かつて自分が大切にしていた場所を、死後もなお同じように大切にしてくれている者がいることに、心から感謝した。

 私は静かに頭を下げる。


「そうとは知らずに立ち入ってしまい、申し訳ありませんでした。もう二度と――――」

「構わない」

「え?」

「お前なら、ここを使ってもいい」


 私は思わず彼を見上げた。


(・・・・・・なぜ私だけ?)


 胸の奥に、小さな警戒が走る。


(やはり、マクシミリアンは何か感づき始めているのか?)


 私はそっと立ち上がる。


「お心遣い感謝いたします。では、お言葉に甘えて時々利用させてもらいます」


(これ以上ここで二人きりで居るのは危険だな)


「では、私はこれで――――」


 彼の横を通り抜けて今度こそ出て行こうとした、その瞬間。

 突然、肩を掴まれる。


(え?)


 強引に引き寄せられ、至近距離でマクシミリアンと見つめ合う形になる。


「だ、団長? まだ何か・・・・・・」

「・・・・・・」


 マクシミリアンは何も答えない。

 ただ、食い入るように私の顔を見つめ続けていた。

 やがて彼は、はっとしたように手を離し、顔を背けた。


「なんでもない」

「はあ・・・・・・」


 私は困惑しながら、指で頬を掻く。

 そして今度こそ、部屋を後にした。


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