第28話 今後、あの人とは関わらないでほしいんだが?
「ここにいたんだね!」
昼食時間。
岸本和樹が中庭でパンを食べ、紙パック製のコーヒー牛乳を飲んで過ごしていると、校舎側の方から玲奈がやって来た。
彼女は駆け足で近づいてくるが、その度に制服越しに胸が揺れ動いていたのである。
和樹はエッチな気分にならないように、少しだけ視線を逸らしていた。
「和樹君は、まだ昼食中?」
ベンチに座っている和樹の正面に、稲葉玲奈が佇んでいる。
「そうなんだよね」
「今日は遅めだった感じ?」
「ま、まあ、そうかもね」
和樹は校舎の裏庭での出来事は発言せず、簡易的に答えていた。
「私、隣に座ってもいい?」
「いいよ、別に」
玲奈は和樹の左側の方に座る。
「玲奈さんは、もう食べ終わったの」
「そうだよ。今は友達と別行動している最中だったの。丁度、中庭近くを通りかかった時に和樹君が見えて。私も暇だったし、話しかけようかなって」
和樹はパンを食べようとしていたが、その度に玲奈が話しかけてきて、どのタイミングで食事をすればいいのか迷っていた。
「和樹君、食べている途中なら食べて。食べ終わるまで待つから」
彼女はそう言って大人しくなるのだった。
和樹は再びパンを食べ始める。
そんな中、他のベンチを見やると、中原梨花の姿はなかった。
さっきのミスコンの件について、梨花に話そうと思ったのだが、先ほどまでパンを食べていた彼女はそこにはおらず、和樹が見ていない内に立ち去って行ったのだろう。
和樹はモヤモヤと考え込みながらもパンを早急に食べ終え、コーヒー牛乳を喉に流し込んで、昼食を済ませたのだ。
「もういいかな?」
「うん」
和樹は口の中にモノを含んでおり、頷いて反応を示す。
「和樹君って、夏休みの日って予定ある?」
「夏休みか。まだ先の事だから全然決めていなくて」
「でも、今週を含めて後三週間くらいで、もう夏休みなんだよ」
玲奈は夏休みの話になると、目を輝かせながら言う。
二期試験のテストが終わったら、その数日後には夏休みなのだ。
彼女にしても、夏休みは楽しみなイベントなのだろう。
和樹も夏休みは好きなイベントであり、彼女の考え方には共感できた。
「そうか。そう考えれば、もうすぐなんだね」
「そうだよ。それに夏休み期間中は絶対に混雑すると思うし。事前に予定を立てておかないとね」
まだ先だと思っていると気が付いた頃には、もう夏休みだったとなってしまう可能性だって十分にあり得る。
そんなダラダラとしている場合ではないと思い、和樹は今から考え始める事にした。
「和樹君は、夏休み何をしたい?」
隣にいる玲奈から顔を覗き込まれるような形で話しかけられる。
「夏と言えば、プールとか?」
「いいね。気分を変えて、少し遠出した先にあるプールにでも行く? それとも海とか」
「海か。確かに」
玲奈の反応を見て、和樹は悩んでいた。
プールでも海でもいい。
どちらにせよ、彼女の水着姿を見られるのだ。
ブラジャー姿でも、かなりの大きさだった。
かなり解放された姿だと、それ以上のボディラインが露わになる事だろう。
ただ、見ず知らずの男性に、その豊満なバストサイズを見られてしまう可能性もあり、それに関しては悩ましい問題だった。
別に夏だからといってプールや海じゃなくてもいいと思う。
例えば、デパートに行くとか、海の近くを移動する電車に乗って景色を見るとかでもいい。
夏休み期間中であれば、デパートもイベントやるはずだ。
海の近くを移動する電車から見える景色も、夏という季節だからこそ楽しめる事もあるだろう。
「まあ、すぐには決めれないかも。でも、今すぐじゃなくても、ネットで観光スポットを調べてからでもよくない?」
「それもありね」
二人でベンチに座ったまま、互いにスマホを取り出して検索をし始めるのだった。
「ここもよくない?」
「その場所もいいね!」
和樹はスマホの画面上に観光スポットの写真を表示させ、隣にいる玲奈と共有し、会話に華を咲かせていたのだ。
二人でベンチに座って会話していると、和樹は誰かが近づいてくる気配を感じた。
「君たちって、もしかしてさ。西園寺と知り合い?」
「え、は、はい……ん⁉」
和樹は咄嗟に返事を返し、顔を上げたのだが、そこに佇んでいたのは、先ほど校舎の裏庭で西園寺智絵理と会話していた男性だった。
二人よりも年上の存在であり、高校三年生だと思われる。
ナルシストな雰囲気があり、一旦容姿が整っているのだが、どこか怪しげな表情が一瞬だけ垣間見れる。
さっきの事情をこっそりと聞いていた事もあって、和樹はその男性と真剣に視線を合わせる事が出来ずにいたのだ。
「どうしたんだい?」
その男性から問われた。
「いいえ」
ベンチに座っている和樹は、その男性から見下ろされるようなポジションで小声になっていた。
和樹は首を横に振る。
「まあ、いいや。そう言えば、君たちは西園寺と親しいらしいね」
玲奈はその男性から言われ、頷いていた。
彼女は小声になっている和樹の方を心配そうに見つめていたのだ。
「一応、この場で言っておくけど。西園寺は、何かね二人とは関わりたくないって言ってたんだけど。だからさ、今度は関わらないでくれないか?」
「え? どうしてですか?」
男性の強引な物言いに、玲奈はちょっとした反論を口にしていた。
「まあ、そういうことなんだ」
男性から深い説明などまったくなかった。
強引な話の進め方をしており、玲奈も納得できないような顔つきをしていたのだ。
「でも、私は西園寺さんからは何も……特に何かをしたわけでは」
「なんていうか。彼女の方も直接は言えなかったらしくてさ、本音で言うと何となく関わっていただけだってさ」
「え……」
男性の発言に、玲奈は困惑していた。
表情が青ざめていたのだ。
まさか、そんなことを言われるとは思っていなかったらしく、彼女にしてもショックだったらしい。
「そういうことなんだ。そちらの君もそういう事で頼むよ」
その男性は和樹に優しくも圧力のかかった口調で言い放ち、背を向けて立ち去って行ったのだった。
「西園寺さんって、そんな人だったっけ?」
校舎の中庭で二人きりになった今、玲奈が言葉を漏らす。
「いや、そんな人では……」
でも、先ほどの男性の声、どこかで聞いたことがあった。
もしかして――
和樹の中で既視感だと感じていたことが、少しだけ確信に変わった瞬間だった。




