第29話 緊迫な出来事には、一握りの希望がつきものである
放課後。
今日は濃かったと思う。
特に昼休み中。聞いてはいけない情報を知ってしまったり。
西園寺智絵理と交流のある年上の男性から、智絵理と関わらないでほしい発言をされたりと、散々だった。
実際に稲葉玲奈が、智絵理に聞いてみると、そんなことは言っていないと言っていた。
あれは単なる嘘であり、あの男性が作り出した話だったのだ。
あの男性がどんな意図で話したかは不明だが、怪しい雰囲気が漂っており、以前道端で攻撃した人と声質が若干似ている。
考えてみれば体格も目元の部分も類似していると思う。
だが、まだ未確定要素が多々あり、本当かどうかもわからないまま、あの男性に突きつけても簡単に往なされるだけだ。
もう少し情報を集めてからの方が――
岸本和樹は色々なことを頭で考え、放課後の今、教室で帰宅の準備を整えていた。
帰ろうと思い、教室内を見渡すと、クラスメイトらの殆どが部活などでいなくなっていたのだ。
来週からテスト週間な為、できなくなる日を考え、全力で部活に打ち込もうとしているのだろう。
あれ?
和樹は整えた通学用のリュックを背負い。それから教室を見渡すものの、玲奈の姿はなかったのだ。
もう帰ったのだろうかと、その場で首を傾げてしまうものの、玲奈の机の横には通学用のバッグがかけられてある。
まだ、帰宅はしてないんだよな……。
和樹が通っている学校では、放課後に全校生徒が行う掃除の時間があるのだ。
その時間が終わってからも、玲奈は戻ってきてはいない。
確か、玲奈さんは別校舎の掃除担当だったはずだよな。
和樹は一応向かってみようと思い、若干駆け足で教室を後に廊下を走る。
本校舎と別校舎を繋いでいるのは、中庭近くの通路だ。
そこを通り、部室などがある別校舎へと向かう。
えっと、どこらへんだったかな……。
別校舎というのはわかるが、玲奈が別校舎のどこの掃除を担当しているのかまではわからなかった。
和樹はその道に沿って歩く。
階段を上って、別の教室を廊下側から確認しながら進む。
……?
刹那――、小さくだが誰かの声が聞こえる。
その声は、玲奈の声に似ていると思った。
彼女の気配を感じ取りながら、あまり足音をたてないように進んで行く。
すると、玲奈の声が少しだけ聞こえてくる扉があったのだ。
和樹は怪しい雰囲気が漂う、その別校舎の空き教室の扉を少しだけ開いてみたのである。
⁉
扉の先には、玲奈がいる。
小さく開けた隙間からでも分かった。
玲奈は椅子に座っているように見える。
その隣に、あの男性が佇んでいるのだ。
ただ少し奥の方にいるらしく、ハッキリとはわからない。
「お前、西園寺と会話してたよな?」
「でも、西園寺さんは、私のことを嫌ってないわ。嘘をついてるのはあなたの方ですよね?」
「は? そんなわけないだろ。お前がいると、西園寺の邪魔になるだろ。まあ本当は昨日の内にわからせるつもりだったんだけどな。あいつが腕でガードしやがって」
その男性は感情的になっていた。
扉越しでも、その声の抑揚が伝わってくる。
やっぱり、先輩があの犯人なのか?
和樹は周りを見渡す。
今は殆ど誰もおらず、現状、和樹本人しかいないのだ。
まだ、決定打になる情報は出揃ってないものの、さっきの先輩のセリフを耳にして、少しだけ確信に変わっていた。
誰かに協力を仰ぐより、今ここで自分が行動に移した方がいい。
相手は年上であり、対抗できるかもわからないが、やるしかないと和樹はそこで決意を固めたのだ。
和樹は狭く開けていた扉を豪快に開ける。
中にいた二人がハッとした表情になり、その二人の視線は和樹へと向けられたのだ。
「だ、誰だ、って――、お前か」
その先輩は一瞬、驚いた感じに後ずさっていたが、和樹だとわかると強気な姿勢を見せ始めた。
「先輩、その子をどうするつもりですか?」
和樹の心は震えていたが、そんなことはどうだってよく、真剣な眼差しを見せていた。
「それは、わからせるためだ。西園寺よりも目立つ子がいると、西園寺にとっても邪魔なんだ。だから、俺が分からせてやってたんだ」
先輩は口元を震わせながらも、余裕のある顔つきでニヤッと口角を上げていた。
「でも、やっぱり、先輩が犯人だったんですね」
「は? なに? どういうこと? 犯人って」
和樹の発言に、先輩は首を傾げ、知らんふりをしている。
「とぼけなくてもいいと思いますけど? さっき、先輩自ら口にしていたと思いますけど?」
「知らないんだが?」
「で、ですが」
和樹は段々と怯んできていた。
「というか、お前、俺の話を盗み聞きしていたのか? そっちの方がどうかしてると思うぜ」
先輩は何が何でも、自身が犯人だと白状する事はなかった。
「お前さ、俺に対して因縁つけてきやがってさ。ただで済むと思っているのか?」
先輩は玲奈から離れ、扉近くに佇んでいる和樹へと近づいてくる。
「お前も何かと面倒だな。本当はお前には用はないんだけどね。こうなっちゃ、見せしめにしないといけないようだね」
先輩は拳を鳴らしていた。
「和樹君、もういいから。余計なことは言わない方がいいわ」
玲奈は椅子に座ったまま発言する。
「あいつだって、あんなことを言ってるけど? 嘘をついてごめんなさいと謝るなら、これ以上の事はしないけどな」
先輩は挑戦的な顔つきをしていた。
「俺は――」
和樹は無理だと察し、自分の方が悪かったと口を開こうとした時だった。
「そんな必要は無いと思いますよ、岸本さん」
丁度、この教室に入って来たのは、クラス委員長の西園寺智絵理だった。
「稲葉さんから不自然な質問をされておかしいと思ってたんです。私が稲葉さんや、岸本さんの事を嫌いになるなんてことはないですから。先輩、もうあなたとは関わりませんし。あなたに対して、好意なんて持ってないですから。最初はいい人かと思っていたんですが、そういう性格なら、こちらからお断りさせていただきます」
委員長の西園寺智絵理は、その先輩の目をしっかりと見つめて自身の意見をハッキリと伝えていたのだ。
「は? お前までなんなんだよ。急に現れやがって。そもそも、俺は西園寺のためにさ、西園寺の事を思って色々とやって来たんだ。なぜ、それがわからない?」
「そんなのわかりたくもないですけど。私は何事も自分の実力で達成する事が好きなんです。私は恵まれた環境で過ごしてきたかもしれませんが、日々の努力は怠りませんでしたから」
今の委員長の信念にはブレなど一切ない。
委員長としても、人としても信頼できる存在。
和樹は、西園寺智絵理のハッキリとした立ち振る舞いを間近で見て、感銘を受けていたのだった。




