第18話 明日からもいいことがあれば――
「これで一安心だな。二人ともありがとな」
岸本和樹と咲は、真帆の父親から感謝されていた。
今は引っ越し先の住宅街におり、これから住む事になる一軒家の前に段ボールなどが入ったハイエースが止められてあったのだ。
和樹らは、村瀬真帆の両親が運転する車に乗って移動していた。
現在地は、以前村瀬家が住んでいたマンションからはかなり離れた距離にある住宅街。
そんな事情もあり、寂しさを感じさせる表情をしていた村瀬真帆。
「大丈夫だよ。これから私の家とも少し距離が遠くなるけど、毎日学校でも会えるし」
妹の咲は少々俯きがちな真帆と一緒に会話していた。
真帆に心配をかけさせない為の配慮をしているのだと思う。
「じゃあ、父さんは、今まで住んでいたマンションの解約をしてくるから。皆は少し休んでおいてくれ」
そう言って普段から使っている乗車に乗り込むと、真帆の父親だけがこの場所からいなくなった。
「では、一旦、休憩しましょうか。さっきコンビニで飲み物を買ってきたんだけど。自由に飲んでいいからね」
真帆の母親は、ビニール袋に入っているペットボトルや缶ジュースを見せてきた。
袋にはオレンジジュースや炭酸など、コーヒー系もあったのだ。
「じゃあ、俺は炭酸で!」
村瀬家が今日から住む事になった一軒家の玄関先に広げられた飲み物。それに最初に飛びついたのは、陸翔だった。
「やっぱり、作業後の炭酸は体に染みる」
「まだ、小学生なのに、そんなこと言って」
村瀬真帆は、ジュースを選びながら陸翔の隣で呆れがちな口調で言う。
「別にいいじゃんか。姉ちゃんは何飲むの?」
「私はオレンジジュースかな」
「えー、子供っぽいなぁ」
「いいでしょ。陸翔もあまり大人びたことはしないこと。後々後悔するよ」
「そんなことないし」
陸翔は、炭酸を飲みながら気にするな的な表情で返答していた。
「二人ともそんなに言い争わないの」
真帆と陸翔は母親から忠告されていたのだ。
「和樹さんと咲ちゃんも選んでいいからね。それと小春もね」
三人は、玄関先のジュースをまじまじと見つめる。
和樹はスポーツ飲料を選ぶ。
「私はこれ」
咲はコーラの缶を手に取ると、真帆の母親に対し、お礼を言ってから飲み口のところを開けていた。
「……私はこれで」
小春はアップル系の缶ジュースを両手に持っていた。
「皆、選び終わったわね。あとは、お父さんが戻ってくるまで、皆でゆっくりとしていてていいからね」
母親は、何も置かれていない家の中を確認のために回って歩く事にしたらしく、玄関先から立ち去って行ったのだ。
「じゃあ、もうひと踏ん張りだな。段ボールは一旦茶の間に置いて、冷蔵庫とタンスだけはちゃんと設置してほしいから。もう一度協力してくれるかね、和樹君」
「はい、分かりました」
真帆の父親が持ってきた事で、和樹は軍手を再び着用する。
家の前に置かれているハイエースからタンスを取り出す。
父親と一緒に持ち上げ、家の中へと運んでいく。
冷蔵庫も同様に移動させたのだ。
冷蔵庫は一階部分のキッチンに置くだけでいいのだが、タンスは寝室で使うことが多く、二階まで持っていく必要性があった。
前回住んでいた場所は実質一階分の広さしかなかったが、今回は一軒家という事もあってかなりの重労働だった。
マンションの階段であれば横幅が広かったものの、家の階段となると幅が狭く、周りの状況がハッキリとわからないのだ。
和樹は程よい緊張感を持ち、タンスを二階の寝室に運び終えるのだった。
「よし、これで安心だな。苦労を掛けたな、和樹君」
何も置かれていない寝室にタンスが置かれている状況。
和樹は袖のところで額の汗を拭いていた。
「いいえ、自分は大丈夫なので。あとは本当に大丈夫ですか?」
「もう十分さ。和樹君は一階のリビングで休んでくれ。あとは私たち家族でやっておくから」
「わかりました」
和樹は一言告げて、その場から立ち去り、階段を下ってリビングまで向かうのだった。
「この後はどうするの? 帰るのか?」
和樹がリビングで立っていると、陸翔が歩み寄ってくる。
「もう大丈夫だって言われたから、もう帰るよ」
「そうなんか。今、お母さんがどこかに電話してたみたいで。多分、出前じゃね?」
陸翔は首を傾げ、考え込むように疑問口調になっていた。
「出前?」
「何を注文したかはわからないけどさ。もう少し待ってれば」
和樹が陸翔と会話していると、玄関先から渋めな男性の声が聞こえてきたのだ。
キッチンの方にいた真帆の母親が返事をしながら、玄関へと向かっていた。
「えっと、そばを七人前でよろしかったですね?」
「はい。そうです」
「お代は――」
和樹と陸翔はリビングから顔を出し、玄関先での出来事を眺めていた。
「ほら、俺の言った通り出前をしていただろ」
「そうだな。そばってことは、引っ越しそば的な感じか?」
「そういう事だな。まあ、手伝ってくれたんだし、食べてから帰ればいいさ。この前チキンを奢ってくれたんだしさ」
陸翔と和樹はリビングの中に戻るのだった。
「頑張ってくれたお礼に、そばを注文していたの。皆の分あるからちゃんと食べてね」
母親が、出前をしていたそばを持ってきて、簡易的に用意したちゃぶ台の上に置いていた。
そばはタッパの中に入っており、陸翔を含め、真帆、小春も選んでいたのだ。
「私はこれでいいかな」
「どれも同じじゃないのか?」
和樹は妹の咲にツッコみを入れた。
「確かにそうだね。そばとつゆも全部同じだよね」
咲は笑っていた。
和樹もちゃぶ台上にあるそばを取り、蓋を開けた。
「やっぱ、そばは美味いな」
陸翔はすでに食べていた。
「ちゃんと零さないように食べなさいよ」
陸翔は母親から注意されていたのだ。
そんな中、小春と真帆は一緒にそばを食べていたのである。
「今日、手伝った甲斐があったね、お兄ちゃん」
妹はそばを頬張りながら笑顔になっていた。
「まあ、そうだな。今日の朝言われて物凄く眠かったけど、頑張って来た甲斐があったな」
和樹は妹と横に並んでリビングの床に座り、そばを食べていた。
そばを、ねぎとわさびが入ったつゆにつけ、口へと向かわせ、それを頬張る。
今週中の休日は何かと充実していると和樹は思い、そばを食べながら、リビングの窓から見える外の景色を眺めていた。
今日の昼も朝同様に晴天であり、明日からもいいことがあればいいと考えていたのだ。




